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2005年7月30日 (土)

オンナ・ガイジンお断り

 昨日は江ノ島が見えるレストランでフジツボのフライを食べた。同行は同級生二名と小娘(四歳)一名。興味本位で頼んだのだが意外に旨くてビックリ。牡蠣フライと帆立フライの中間くらいの食感&味わいと言えばいいのか?。三十代には概ね好評、四歳には不評。小娘の分も取り上げて平らげる。ただし四歳児の頭の中でフジツボが正確にイメージ出来ていたかは心許ない。

 今日は新宿の「女だけと欧米人だけの客はお断り」というもつ焼き屋に行く。有名店なので敢えて名は出さないが、最初は混んでいて入れず周辺をウロウロして時間を潰す。やっと入れて、瓶ビールと煮込み三本、焼き五本、レバ刺し二本、焼酎、煮込み二本と頼んで三千五百円なり。確かに煮込みは抜群に旨かったけれど、たかがハラワタ食ってこの値段はちょいと高すぎ。地元で行きつけの「ときわ」で煮込みが、シロと豆腐がたっぷり入って三百九十円というのが快適な値段のように思う。

 酒を飲みに行く守備範囲が着々と拡がっていて面白い。基本的には家で飲む酒が好きなのだが、最近は外で一杯引っ掛けてから家でゆっくり飲むのが心地よい。

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2005年7月24日 (日)

江戸川乱歩「妖星人R」(光文社文庫)

 刊行中の「江戸川乱歩全集」全三〇巻の第二十三巻。

 小学五年生の時にこの作品に出会わなかったら、はたして私は今ほどの活字好きになっただろうか?。いや、きっとなったと思うのだが、とにかくも生まれて初めて「面白さの余り、寝食を忘れて貪り読んだ」小説。小学生の内にもう一度読み直しているので、二十数年ぶりの再読。

 少年物も含めて乱歩(の小説)を読破してから読めば当然感想は変わる。最晩年の一作故にトリックは使い古しばかりで新味無し。少年探偵団員がみんな揃って二十面相に催眠術でうなされた上に、明智小五郎と二十面相の催眠術比べとは恐れ入る。探偵小説で「みんな催眠術にかかってました」という種明かしは、大乱歩以外には許されないだろう。それでも、明智と二十面相の空中対決は、やっぱりハラハラさせられる。乱歩の語り口の妙にはただ感心するのみ。子供を夢中にさせるのは筋道立ったトリックではなく、飽きさせない語り口なのだ。十一才の自分が夢中になったのも無理はない。

 因みに私が初めて読んだのはポプラ社版の「少年探偵江戸川乱歩全集」で「天空の魔神」が併録されて「空飛ぶ二十面相」と改題された一冊。銚子の海から這い上がったカニ怪人の手前に小林少年(銚子でカニ怪人に遭遇したのは別所次郎君だけど)、背景に悪魔仕様の二十面相という装丁だった。

 ついでに書くと、古本屋かオークションでしか手に入らなくなった乱歩の通俗長編(と幾つかの短編)を子供向けにリライトした、ポプラ社版「少年探偵江戸川乱歩全集」の二十八~四十七巻が読み直したい。r20 「蜘蛛男」の前半や「人間豹」の文代さんの危機を、どうやって子供向け健全路線に書き直しているのか読み直して見たい。

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2005年7月23日 (土)

柳家喬太郎独演会@相模大野

柳家喬太郎独演会「喬太郎のミステリアスナイト」

二〇〇五年七月二二日(金)グリーンホール相模大野多目的ホール

「酢 豆 腐」 柳家小太郎

「お札はがし」 柳家喬太郎

( 漫 談 ) 寒空はだか

「母恋くらげ」 柳家喬太郎

 五日の池袋では「国民ヤミ年金~孫帰る」と「死神」だった。まさか相模大野で牡丹灯籠を演るとは思っていなかったのでビックリ。世代的に圓朝モノは圓生口演がスタンダードなので、「より恐ろしげに」という演出を求めてしまいがち。その点ではまだ勉強の余地はあると思うけど、十二分に「楽しめる」牡丹灯籠だった。

 後半は延々池袋漫談の後「母恋くらげ」。むこうは池袋在住、こっちは池袋在勤、同郷人と地元ネタで盛り上がるみたいな感覚で、酸欠になるくらい大笑い。マクラが面白すぎたので、聞いたことのある「母恋くらげ」はちょっと存在感薄し。

 小太郎の酢豆腐は若旦那のイキっぷりがキラリ。寒空はだかは逸れなくてヨカッタ。

 一緒に行ったKちゃんのご満悦の様子につけ込んで、八月二六日の「川柳懺悔会」に一緒に行く約束を取り付ける。せっかく育ちつつある「噺好き」を芽を摘むことになるのか?。

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2005年7月21日 (木)

夏バテ

 明治生まれなもんで、どうも冷房が苦手なんです。自分の部屋には一応年代もののクーラーが付いているけど、稼動させて寝たりした日にゃ翌日はヨレヨレ。そもそも夏が嫌いで暑いのは苦手なので、外へ出ても中へ入っても逃げ場がない。それでも冷房ギンギンよりは暑いほうが体調がいいので、つくづく文化的でない人種なんでしょう。

 ここ一月以上、ずっと体調を崩しっぱなしなんだけど、先週喉で起こっていたひどい炎症が食道から胃に降りてきた感じで、まるっきりモノが食えない。牛乳飲んだり豆腐をチマチマ食ったりしてるんだけど、合間に酒を飲むから治らないんだろうなあ。悪い意味で酒がハラワタに染みてます。

 明日は噺を聴きに行くんだけど、こんな調子で楽しめるのか知らん?。ちょいと不安。

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2005年7月18日 (月)

参鶏湯

 土曜日、会社の仲間7人で酒盛り。大久保の韓国料理屋に行く。私の目的は参鶏湯(サムゲタン)という鍋だったのだが、3000円コースは予想以上に盛り沢山で大満足だった。酒飲みが私ともう一人しかいなかったので、殆ど一人でマッコリという韓国のどぶろくを飲む。甘酸っぱい妙な酒で悪酔いしそうだったが、意外にも翌日はスッキリしていた。アジア系の料理はあんなに辛くなければ、もう少し楽しめるのだが……。

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2005年7月15日 (金)

小板橋二郎「ふるさとは貧民窟(スラム)なりき」(ちくま文庫)

 貧民窟という文字に釣られて買った一冊。筆者は昭和十三年板橋岩の坂生まれ。太平洋戦争を境に消滅した貧民窟の最後の姿。戦後に残ったのは由緒正しい被差別部落か朝鮮人部落だから、本来の意味での貧民窟の最後の姿。江戸時代の非人溜から帝都三大スラムという流れの、ある意味伝統的な貧民窟が大正~戦前の時期に解体され、はじき出された貧民が郊外に貧民窟を形成していく。この郊外型貧民窟の成熟期から戦争による崩壊までの数年間の姿が、昭和十三年生まれの記憶で綴られている。

 ギリギリ最後の証言という感じがするが、松原岩五郎「最暗黒の東京」や横山源之助「日本の下層社会」に見られる、貧乏人を哀れむ筆致を鋭く批判しているところは、流石は貧民窟育ちという感じで小気味よい。このような証言をする人々が帝都三大スラム世代にも居てくれたらと無い物ねだりをしたくなってしまう。

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見世物小屋

 靖国神社のみたま祭りに行く。目的は見世物小屋の見物。昨年の同じみたま祭りで二十数年ぶりに見た見世物小屋は正に断末魔。看板の蛇娘は居らず、呼び込みの爺さん、木戸銭の婆さんの他に、芸をするのは悪魔の格好をした若い兄ちゃん一人。その芸も蛇を食いちぎる以外は、鎖を鼻から口に通す、溶けたロウを含んで火を噴く、扇風機を舌で止めるなど、見世物というより体を張った芸だった。

 子供の頃見た見世物小屋とは余りにも変わってしまって、もう消滅してしまうんだろうと思いつつ、今年も見届けるつもりで見に行った。ところが……

 去年とは全然違ったのだ。芸人の数が十人近くになり、舞台上には4人編成の生バンド。構成は「地獄」と「極楽」に別れて、「地獄」は蛇娘のピン芸。蛇を食いちぎる以外はどうって事ないが、蛇娘が劇的に若返っている(三十才前後?)。何でも青森のサーカスが倒産して移ってきたんだとか。「極楽」は生バンドの伴奏で娘5人組のレヴューと手品や風船呑みを組み合わせたショー。とにかく華やかで、いかがわしくて、熱気があって。木戸銭600円が安く感じられた。

 帰りに神楽坂、みちくさ横町の「まつや」に寄る。老夫婦が健在で嬉しくなる。

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2005年7月 9日 (土)

正岡容「小説 圓朝」(河出文庫)

 圓朝の幼少から素話に転向する御維新までを小説仕立てにしたもの。師圓生との確執は有名だが、改めて面白い。ただし、大成した人物の若き逸話に多く感じられる胡散臭さは否定出来ない。余りにも余りにも儒教的。

 休みだったので昼間は読書と、パソコンで音楽いじり。夕方から外出。国立、うなちゃんで鰻串焼き一通り。いつもながら高い。国分寺の甚五郎で肉づけうどん。

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2005年7月 7日 (木)

とりあえず……

19時まで仕事。赤羽のまるます家で生ビール(小)、ウーロンハイ×2、鯉の洗い、鯉のうま煮、鰻カブト焼、どじょうとじで¥2900。気がつけば川魚尽くしだった。遠回りの電車で帰宅。103系の轟音を聞く機会も残り僅かなんだろうか?。

駅前のレンタルヴィデオ屋に志ん朝師のCDが全巻揃っているのを発見して狂喜乱舞。でも、まだ借りない。

日記が続いたことは一度もないので頑張ろうなんて了見は全くない。手帳に書くほどじゃない事を書いておいて、後日読んで「そんなことあったなあ」というのが目的。

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