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2005年9月26日 (月)

さねよしいさ子ライヴ

二〇〇五年九月二十五日(土)MANDA-LA2

 前半は伊藤真澄(ピアノ、コーラス)とアニメ「ぺとぺとさん」から「帰り道」「知ラナイナイ空」、伊藤真澄のアルバム「Door」から「I.NO.RI」、そして「God Is Seen」。仲良しのオバサン、もといお姉様同士が仲良くやってる感じで楽しそうだ。「帰り道」「知ラナイナイ空」の二曲は伴奏が盛り沢山なCDよりも、ピアノとコーラスだけの方が好印象。お互いの曲から一曲づつセレクトした「I.NO.RI」と「God Is Seen」は随分地味な選択だが、じっくり唄を聴くことが出来た。
 後半、というよりメインは宍戸幸司、西脇一弘(ギター)、鎌田ひろゆき(アコースティックギター、コーラス)、神島正樹(ベース、コーラス)、夏秋文尚(ドラムス)という編成。「アゼリカアゼリコ」「The Charming Story」「いとこと二人で」「月といもうと」「ひみつ玉」「手足」、鎌田ひろゆきの唄で「雨」「空っぽの空に何を映そう」、そして「My Life is Luckey」「まぶた」「Grolia」。狭い舞台に四挺のギターと五人のオッサンが並ぶのはある意味壮観。残念ながら無闇に音量が大きすぎて音が飽和状態。ヴォーカルが何をしているのか判らない。同じ曼荼羅グループでもStar Pine's Cafeが音量飽和系なのに対し、MANDA-LA2は快適な音量という印象が強かったのでガッカリ。経験的に宍戸幸司が参加すると音がデカい傾向があるような気がする。そもそも宍戸幸司のギターはテクニック云々は別にして、ギュインギュインうるさくて、さねよしさんの唄に合わない。脳に突き抜けるようなギターの音に身を委ねて陶酔するようなライヴの楽しみ方もあると思うが、私の趣味ではない。ライヴでもちゃんと唄が聴きたいと思っている私が変わり者なのだろうか。
 さねよしいさ子のライヴにも随分通っているが、満足度から言えば今回が最低かも知れない。ギターばっかりで面白くも何ともないガクタイに、唄が聴き取れない暴力的な音量。それでもライヴでは滅多にやらない曲でも取り上げてくれれば救いなのだろうが、ライヴでお馴染みの曲ばかり。まあ、CDに入っていない「My Life is Luckey」と「まぶた」が聴けたから良しとしましょう。
 ま~だ耳鳴りが治まらないよ。マイッタな。

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2005年9月22日 (木)

FEVER DRAGON NEO 「CROSS」

二〇〇五年九月二十二日(木)サンモールスタジオ

 縁あって「FEVER DRAGON」という劇団を十年近く見続けてきた。この劇団が何故に「hep」と「FEVER DRAGON NEO」という二つのチームに分かれたのかは知らないし、興味もない。ただ、一観客として感じるのは、旧来の路線がFEVER DRAGON NEOに、近年の路線がhepに引き継がれているところを見ると、現在両団体の主宰者であるOさんとKさんの目指す物が違うのだろう。敢えてきついことを言えば、どっちも大して変わらないし、関係者以外は興味がないと思う。
 時代背景は現代なのか未来なのか?、主人公はアポロが月に着陸した日の生まれ・・・てことは現在が時代背景?。某国から四人のサイバースパイが潜入して携帯電話を不通にし日本を混乱させる。フムフム。その捜査のために左遷先から戻された女刑事が、何故マシンガン持っちゃうかな?。工夫したつもりなんだろうけど要所要所に挿入されるニュース映像のぎこちなさ。某国のスパイが恋人からのヴィデオレターを見ている。その台詞が「このヴィデオは焼き捨てろ」。え、ギャグでしょ?。笑っていいんだよね?。誰も笑わないみたいだけど・・・。
 役者はバラツキがあるけど概ね好演で、百点とは言えなくても充分合格点。その他スタッフも水準以上なのに、総合点でガッカリしてしまうのだ。なぜなら、彼等が「自分たちが納得する芝居」をしているからだろう。役者やスタッフが納得する必要なんかない。客が納得する芝居を創るのがプロデューサーの役目だ。自分が納得するのは発表会、客が納得するのがプロの仕事。入場料取るのならプロの芝居を見せてくれ。
 と、毎回批判しつつも観に行っちゃうんだよな。多分次の公演も「今度こそ」と淡い期待を胸に観に行くんだと思う。

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2005年9月20日 (火)

池袋演芸場九月中席千穐楽

二〇〇五年九月二〇日(火)昼の部

( 漫 才 )ロケット団
「 本 膳 」桂 文ぶん
「 壺 算 」橘家圓太郎
(曲 独 楽)柳家とし松
「初 天 神」柳家 〆治
「金 明 竹」桂 南喬
( 奇 術 )花島世津子
( 漫 談 )桂 文楽
   ー中入りー
「ナースコール」三遊亭白鳥
「三 十 石」三遊亭圓彌
(三味線漫談)太田家元九郎
「ガーコン」 川柳 川柳

 実を言えば寄席に行くのは久しぶり。ここのところ「寄席の相棒」になっているKちゃんが池袋演芸場に行ったことがないというので、案内がてら久々の客席に。
 ロケット団は初めて聴くが、正統派のしゃべくり漫才で大満足。浅い時間で「つ離れ」したばかりの客席を結構沸かせていたので、今後の期待大。文ぶんの「本膳」は言い間違いは無かった。圓太郎は前半大人し目で落げに向かってテンポを上げていく所は流石実力派。この人はもう一つ何かが吹っ切れたら名人になれる。どうかミニ志ん朝で終わらないで欲しい。とし松の曲独楽は十年一日だが、太神楽や曲独楽はそれで何の不満もない。「小志ん・とし松」でやっていた頃を思い出す。
 〆治の初天神は新味無し。南喬は以前あまり好きではなかったが、年をとっていい味が出てきたと感じた。花島世津子も久しぶりに観たが、前半は客席が凍り付く池袋ならではの味わい。後半になって芸人よりいい味出してる客席の爺さんに助けられて大笑い。これも寄席ならでは。中入り前はセコ文楽。博打の話を始めたので、数え切れないほど聞かされた「狸賽」かと思ったら、結局博打のやり方を喋って降りた。ペヤングソース焼きそばのコマーシャルも遙か昔の話。テレビに出ていなくて噺のつまらない文楽は毒でも薬でもない。
 食いつきの白鳥は相変わらずのハイテンション。持っている毒は現在の川柳以上だと思う。若い客には受ける芸風だと思うのだが、扇子で講座を叩きすぎるのでラジオから仕事が来ないのかなあ?。圓彌の三十石は久々に聴くなと思ったら演る方も久々だったらしい。謎掛けの「数の一の字と掛けて何と解く」のあとストップ。「すみません。久し振りなんでど忘れしちゃいました。何でしたっけ?」と客席に尋ねる。凍り付く客席。半可通のお調子者が「二の上にある、じゃない?」と声を掛けると、「それは、いろはのは」と否定したら思い出して、「感心な寺の小坊主と解く」と噺に戻る。お絹さんを嫁に貰いたがった異人の名を、タレスキーからロセンピン・バイアグラに変えていたのもちょいと古い気がする。
 元九郎の津軽三味線はいつも通り。トリの川柳もいつも通り「ガーコン」。セコ文楽が「狸賽」を始めるとウンザリして、川柳が「ガーコン」を始めるとワクワクするのは、私が川柳ファンだからだ。回数で言えばガーコンの方が多く聴いているはずだ。順序はあるけどストーリーは無い噺なので時間があっても無くても安心して笑っていられる。今日は比較的たっぷりやって、最後の「ガーコンガーコン」までやってくれたので大満足。贅沢を言えるならば「あ、敵の歌だ、間違えちゃった」のくすぐりも聴きたかった。

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2005年9月19日 (月)

つくばエクスプレス

 茨城の超マイナーな温泉を訪ねるついでに、つくばエクスプレスに乗ってみた。ヨドバシカメラの開店騒ぎを見物しつつ、9時過ぎの区間快速に乗車。セミクロスシートの車両が少ないのだが、無事にボックス席を確保。開業熱はもう冷めたのか、思ったほど混んではいない。

 新幹線と一緒で、市街地は地下、郊外は高架で進む。スラブ軌道にロングレールの上、インバータ制御の自動運転だから発車時も停車時ともガックンという衝撃はゼロ。乗り心地は快適だし、つくばまで四十五分と大幅な時間短縮を実現し、通勤路線としては申し分ない。この電車が自分の家と会社の間に開業したら万歳なのになあと思う。

 つくばからはバスで土浦へ抜け、常磐線に乗り換える。帰りは常磐線の普通列車を利用。時間は余計にかかるが、つくばエクスプレスでは感じられない「旅情」が幾らか感じられる。それは車輌が古いからだけではなく、地平から見る風景と高架から見下ろす風景の違いのようにも思われる。藤代の死電区間(交流直流の切換地点)で空調が止まり室内灯が消えるあの数秒間が無いとどうも茨城に来たという実感が湧かないのだ。

 帰途北千住で途中下車。念願だった「大はし」の肉とうふで一杯。隣の常連客が話しかけてきて煩いので、ビール一本と焼酎一杯で退散。

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2005年9月14日 (水)

清水義範「エスパー少年抹殺作戦」(ソノラマ文庫)

 何を今更の感があるけど清水義範のメジャーデビュー作。一九七七年初版。

 清水義範を読むようになったのは、大学時代のバイト仲間Sさんに勧められたのが最初なので一九九〇年頃。パスティーシュ小説家という肩書きがすでに定着して以降である。よって、当然ソノラマ文庫のシリーズは古本屋&オークションで購入。この一冊も数年前に会社の先輩Yさんがネットで見つけてプレゼントしてくれた。先日ヤフオクで「緑の侵略者」を入手して、遂に清水義範@ソノラマ文庫をコンプリートしたので、時間軸に従って読もうと思っている。

 現在の清水作品と比較するつもりはない。時代も対象世代も違う。けれど、全く退屈せずに一気に読んでしまった。作家も芸人も、巧い奴は若造の頃から巧い、下手は爺さんになっても下手という事だろう。中学生を主人公にして、脳移植と超能力と命の危機と淡い恋愛を組み合わせる物語は、下手な作者が書けば鼻持ちならないほど青臭くて現実離れした展開になりかねない。この作品が荒唐無稽ながらも、つい引き込まれるのは、登場人物の設定と描写が巧みであるからだろう。

 さあ、み~んな死んで、修と香織だけが生き残った。長沼博士は生きているのか?。闇の組織の実態は?。次の「エスパー少年時空作戦」が楽しみだが、すぐ読むか後回しにするか悩むところだ。

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清水義範「やっとかめ探偵団と鬼の栖」(光文社文庫)

 「やっとかめ探偵団と鬼の栖」「やっとかめ探偵団と唐人お吉」の二編収録。光文社文庫のシリーズでは、躁鬱コンビの事件簿シリーズも好きだったが、こちらは終わってしまった様子なので、やっとかめ探偵団シリーズが続いているのが嬉しい。やっとかめ探偵団も一旦祥伝社文庫から出たが、同じシリーズがあちこちの出版社から出ているのは(どっちも一流とは言えない出版社だし・・・)混乱する。どうせなら「ゴミ袋の死体」も光文社から出してくれないかな・・・、文庫書き下ろしだから無理だろうな。

 冷静に読むとこのシリーズは重いテーマを扱っている事が多い。今回も幼児虐待が主題になっている(鬼の栖)が、登場人物が暖かく、悪意の人が殆ど登場しないので読後感がいい。清水ミステリーはスラスラ読めてしまうので、「犯人は?」「動機は?」という部分を飛ばして謎解きまで読んでしまうが、今回もまつ尾婆さんの人間観察力には脱帽する。細々とでもいいから続編を書いて欲しいシリーズだ。

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2005年9月11日 (日)

飛騨往還

 丸一日かけて飛騨高山から信州岡谷までの旧道を辿ってみた。ある目的を持った実踏調査だったのだが、当初の目的を忘れて楽しんできた。というのは・・・。

 この旧飛騨往還、名前の付いているものだけで六つの峠を越えるのだが、一ヶ所を除いて舗装された車道が整備されている。しかし、私が調べたいのは明治時代の旧道の方。未舗装の林道に入り込むのだが、生憎と私のクルマは四輪駆動でも何でもない普通の乗用車。段差や轍でガリガリ下回りをこすりながら進むのは、危険だが面白い。

 美女峠(旧道)

 大荒れの林道。峠から高山側約一キロが落石や崩落のため入り込めず、通り抜け不能。両側から入れるところまで入ってみる。ただし、本来の旧道は最初から車両通行不能なので、これは旧車道の方。

 鳥屋峠

 全面舗装。旧道は痕跡なし。峠の頂上以外は殆ど別の道らしい。

 石仏峠

 未舗装の荒れた林道。途中で草刈りをしている人がいたので「抜けられますか」と尋ねると「大丈夫」とのこと。勢いを得て進むが、路面が荒れている上に夏草が茂っていて通行はかなり困難。それでも何とか通り抜ける。

 寺坂峠

 完全舗装。新道になってしまっており、昔の面影はない。ドライヴコース。

 野麦峠(旧道)

 峠の前後七キロほどがハイキングコースになっており、車両通行不可。美女峠で時間がかかったため、この旧道を歩いて抜ける計画は頓挫。信州側の一.三キロばかりを歩く。

 塩尻峠(旧道)

 完全舗装。もう暗くなってしまい、ガス欠になりそうな状態でビクビクしながら通ったが、初めて諏訪湖(の半夜景)が見えた時には感動した。

 自動車が走る前の峠道は、階段並みの急傾斜を物ともせずに最短ルートでかけ上がっている。クルマ用の道に慣れてしまうと面白く感じるが、これが本来の道の姿なのだろう。

 ちょいと駆け足で通り抜けてしまったので、機会があったら要所要所を歩いてみたい。

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2005年9月 5日 (月)

台風

 今日から四連休。今は飛騨高山のホテルにいる。八月の休みに何もしなかったから、この休みこそはと気合いを入れていたんだけど、台風が来ているとは何てこったい!。明日は山歩きをする予定だったのに、とてもそんな雰囲気じゃないですな。丸一日かかってここまで来てみたけど、明日はおとなしく台風が近づく前に帰るしかないのか?。

 来月あたりでせめて三連休(欲を言えば平日で)が取れるなら、潔く危険を全て回避して安全なルートで帰ろうと思う。だけど休めないなら多少の危険は覚悟の上標高一六〇〇メートルを目指すか?。台風の中サーフィンする連中みたいな了見になりかかっている。来月の仕事のスケジュールを確認して来るんだったなあ。

 話は変わるが、今日は一日パソコンと携帯GPSを車に積んで移動していた。GPSがこんなに面白いとは思わなかった。願わくばポンコツパソコンがもう少し安定稼働してくれると有難いのだが・・・。この話は改めて。

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