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2005年10月16日 (日)

チャーリーとチョコレート工場

   二〇〇五年十月十四日 立川CINEMA TWO

 妹が帰省中で、三歳の姪っ子と母親も交えた四人で映画鑑賞。子どもの頃祖母に連れられて映画館に行ったことはあるが、母親と映画館に行くのは多分初めて。そもそも滅多に映画館には行かないから・・・。
 上映館は新しくてシートの座り心地が素晴らしい。吹替版を観るために朝イチの回に行ったのでガラ空き。三歳児が時々退屈して喋るので、周りの席が空いているのは精神衛生上良い。
 原作を読んでから映画を観たのだが、最後以外は殆ど原作に忠実だったので、安心して観られた。原作にない最後の展開と、その伏線となるウォンカ氏の生い立ちも、さほどストーリーの邪魔にはなっていない。大人も子供も楽しく観られる映画。ただし、大笑いや感動とはちょっと違うかな。三歳児には退屈だったろうが、姪っ子はお菓子を食べつつ健闘。外に出たら口の周りがチョコレート工場帰りみたいになっていた。

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裏方の仕事

 先日某所で演奏会の裏方仕事を手伝った。畏友Kさんがプロデュースする企画で、表方はこちらも長いつきあいのOさん。私以外は万全の布陣なので緊張する。
 Kさんがプロデューサーとしてすごいなと思うのは、基本方針を決めた後は現場に任せてくれるので、兵隊が主体的に動けること。お釈迦様の掌上の孫悟空ではないが、いい気になって気分良く動き回れるのだ。
 当日参加の裏方なので、色々と不備はあったものの、ホールのスタッフさんたちにも随分助けられて、演奏会は何とか滞りなく終了。打ち上げのビールが旨かった。もっとも私の場合は美味しくビールを飲むために手伝っているという気配が濃厚で、ちょいと本末転倒気味ではある。
 次は十二月にOさんプロデュースの演奏会を手伝う予定。こちらはPAの操作までやらせてもらえるらしいので、リハーサルからの付き合いになりそう。楽しみである。

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2005年10月 6日 (木)

銀巴里で散髪

 もう何年も通っている信州蓼科の理髪店。茅野からビーナスラインを登っていくと、プール平を過ぎて暫く進んだ左カーブの右側にある。
 銀巴里と云うと廃業したシャンソンの店が有名だが、実はこちらが本家筋とのことで、元は銀座にあった理髪店の名前だった。その名前をシャンソンに譲ったり色々あって、十数年前から老夫婦が蓼科に隠居してやっているのがこの店。御主人から色々聞く話は「日本理容史」の趣があり、いつかゆっくり話を聞いて書き残したいという希望を持っている。
 十月四日、ふた月ぶりに散髪に行く。前日に家を出て山小屋で一泊。散髪代の他に交通費等合わせれば一万円では収まらない。都内で最近増えている掃除機バリカンの散髪屋なら千円出せば髪は刈ってくれる。正直なところ我がウスラ禿げ頭に、それほどの散髪代をかけてどうするという気もする。しかし、費用と時間をかけても散髪に行きたい理由があるのだ。
 まず第一に腕がいい。私のような横着者は、二ヶ月か三ヶ月に一度しか床屋に行かない。下手な床屋で刈るとすぐにみっともなくなるのに、巧い職人が刈ると伸びても形が崩れないのは、ただただ感心するばかりだ。次に話が面白い。とにかく御主人の話題が豊富で、いつまで話をしていても飽きない。中でも本職の理髪の話、それに関連した刃物の話、お客さんの話、柔道の話などは本当に面白く、散髪が終わって話せなくなる顔剃りの順番になると残念な気がするくらいだ。そして、脇から的確な補足や合いの手を入れている奥さんの存在も大変に頼もしい。終わるとコーヒーを一杯出してくれるが、次のお客さんが居ないとついつい長居して話し込んでしまう。第三に、これはどうでもいいのだが、御主人の風貌が川柳川柳師によく似ているのである。今まで頭刈ってもらいながら色々話をしたが、落語の話が出てきたことはないので、恐らく御主人はそんな噺家が居ること自体知らないと思う。けれど私にとって、大好きな噺家と大好きな床屋の風貌がどことなく似通っているというのは、何だかとても愉快な気分になる。
 築三十年を過ぎ、今にも崩れそうな山小屋の見回りと、散髪のペースが合っているので、当分散髪のための蓼科通いは続くだろうと思っている。

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2005年10月 2日 (日)

明治探偵冒険小説集Ⅰ「黒岩涙香集」(ちくま文庫)

 長編「幽霊塔」と短編「生命保険」の二編収録。

 「幽霊塔」は一八九九(明治三十二)年八月九日から翌年三月九日までの全百二十二回、「萬朝報」に連載されたもの。原作はA.M.ウィリアムソンの「灰色の女」(一八九八)。

 こういう作品を再版してくれる筑摩書房にただ感謝。江戸川乱歩の翻案版が有名な作品であり、私は更に子供向きにリライトされたポプラ社版「時計塔の秘密」で最初に読んだ。図書館の本で読んだポプラ社版少年探偵全集のうち、唯一購入して読んだほど、乱歩作品のうちでも特に物語に引き込まれた作品である。少年物、大人物と読んで、当然涙香の原作(?)を読みたいと思っていたが、一九七六(昭和五十一)年に出た旺文社文庫版はとっくに絶版で入手困難だった。
 涙香版を初めて読んだのは数年前に「青空文庫」にアップされているのを発見したとき。テキスト版でダウンロードして、ワープロソフトで文庫版二段組みにして印刷して読んだ。だから今回は再読ではあるが、文庫版できちんと装丁された本を読めるのは嬉しい。
 何度も読んだ乱歩版と読み比べると、乱歩は殆ど原作に手を入れていないのが判る。乱歩をして筋をいじる必要が無かった程、面白い物語構成なのだと思う。少年時代の乱歩が夢中になって読んだというのも頷ける。
 再版してくれただけでも望外の喜びなのだが、更に贅沢を一つ。旺文社版が底本になっているので新字新仮名遣いになっているが、初刊の扶桑堂版(一九〇一年)に戻って旧字旧仮名遣いに戻していただけたら最高なのだが・・・。乱歩版は昭和の作品だし、現在でも娯楽作品として現役だと思うので新字新仮名、涙香は明治の作品で文学資料と位置づけられるので旧字旧仮名。そんな使い分けをしてもいいのではないだろうか。口語體だからといつて何でも新字新假名にせず、歴史的な作品は舊字舊假名に戻せば、文學的價値を正しく後世に傳へる事が出來るのではなひだらうか。

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