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2005年10月 6日 (木)

銀巴里で散髪

 もう何年も通っている信州蓼科の理髪店。茅野からビーナスラインを登っていくと、プール平を過ぎて暫く進んだ左カーブの右側にある。
 銀巴里と云うと廃業したシャンソンの店が有名だが、実はこちらが本家筋とのことで、元は銀座にあった理髪店の名前だった。その名前をシャンソンに譲ったり色々あって、十数年前から老夫婦が蓼科に隠居してやっているのがこの店。御主人から色々聞く話は「日本理容史」の趣があり、いつかゆっくり話を聞いて書き残したいという希望を持っている。
 十月四日、ふた月ぶりに散髪に行く。前日に家を出て山小屋で一泊。散髪代の他に交通費等合わせれば一万円では収まらない。都内で最近増えている掃除機バリカンの散髪屋なら千円出せば髪は刈ってくれる。正直なところ我がウスラ禿げ頭に、それほどの散髪代をかけてどうするという気もする。しかし、費用と時間をかけても散髪に行きたい理由があるのだ。
 まず第一に腕がいい。私のような横着者は、二ヶ月か三ヶ月に一度しか床屋に行かない。下手な床屋で刈るとすぐにみっともなくなるのに、巧い職人が刈ると伸びても形が崩れないのは、ただただ感心するばかりだ。次に話が面白い。とにかく御主人の話題が豊富で、いつまで話をしていても飽きない。中でも本職の理髪の話、それに関連した刃物の話、お客さんの話、柔道の話などは本当に面白く、散髪が終わって話せなくなる顔剃りの順番になると残念な気がするくらいだ。そして、脇から的確な補足や合いの手を入れている奥さんの存在も大変に頼もしい。終わるとコーヒーを一杯出してくれるが、次のお客さんが居ないとついつい長居して話し込んでしまう。第三に、これはどうでもいいのだが、御主人の風貌が川柳川柳師によく似ているのである。今まで頭刈ってもらいながら色々話をしたが、落語の話が出てきたことはないので、恐らく御主人はそんな噺家が居ること自体知らないと思う。けれど私にとって、大好きな噺家と大好きな床屋の風貌がどことなく似通っているというのは、何だかとても愉快な気分になる。
 築三十年を過ぎ、今にも崩れそうな山小屋の見回りと、散髪のペースが合っているので、当分散髪のための蓼科通いは続くだろうと思っている。

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