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2005年11月28日 (月)

清水義範「幸福の軛」(幻冬社文庫)

 清水義範の教育論を読んでいると、こういう人が先生だったら良かったのにと思う。ちょっと前に出た「わが子に教える作文教室」(講談社現代新書)と続けて読んだので、一層その感が強くなる。教師になって当たり前のコースを歩んできたのに、敢えて教師にならなかった清水氏の教育への思いは、冷静な分説得力がある。
 私は学生時代教員志望だったが、叶わなかった。けれど、今の正直な気持ちとして「教師になってなくてよかった」と思っている。社会の価値観や子供の多様化から、学校という閉鎖的な組織は完全に取り残されている。そして、世間知らずな組織故に、権力が本気になった時、組織的な応戦も出来ず総崩れになっている。何てことはない、全共闘の二の舞を二十一世紀になってやっているのだ。

 それは別にして、純粋に小説として読んでみた。小説としては抜群に面白い。早くその先が読みたくて、電車から降りてもキリのいい所まで駅のホームで立ち読みしたくらいだ(私にとって珍しいことではないが)。しかし、テーマも物語も重すぎて、読んだ後にもの凄く暗い気持ちになる。
 朝、目が覚めて最初に、昨晩読み終わった小説のことを考えたのは久しぶりだ。更に言えば、純粋にミステリーとして評価する場合には、ちょいと犯人の動機に無理があり、「オイオイ、そんな理由で人殺すか?」という気がする。やっとかめ探偵団シリーズならば、多少無理な動機も気にならないが、これだけシリアスだと、ちょっと苦しい気がする。
 読み応えは十分だったけど、他人には薦めない作品というところか。

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2005年11月13日 (日)

一生幸せになりたければ・・・

 中国の古い諺に曰く
「一日幸せになりたければ酒を飲みなさい
 三日幸せになりたければ結婚しなさい
 七日幸せになりたければ豚を殺して食べなさい
 一生幸せになりたければ釣りを覚えなさい」
 というのがある。

 私は毎晩酒を飲んでいるから毎日幸せに満たされているはずなのだが・・・。
 ここ十日ぐらい釣りに行きたくなって居ても立ってもいられなくなった。ところが、家をリフォームしたどさくさに紛れて釣り道具一式を捨てられてしまったらしい。それでも諦めがつかず、昨日最小限の釣り道具を買いそろえ多摩川へ。
 釣りといってもテトラポッドの隙間にいる雑魚をチマチマ釣る程度の釣りだから、装備も技術もたかが知れている。土曜日だから釣り場も混んでいるかと思いきや、居るのは常連らしい年寄りばかり。私が小学生の頃は放課後は毎日のように釣りに来て、日曜日は朝から小中学生の釣り師が大勢いたのに。
 朝は雨、午前中快晴、午後は木枯らし一号というめまぐるしい天候だったが、晴天二時間ほどで切り上げ。タモロコとクチボソ(モツゴ)合わせて三十匹ほど。空になっていた自宅の水槽に入れる。ヤマベ(オイカワ)が釣れれば唐揚げにして酒のつまみにするのだが、こいつらは骨っぽくて不味いから専ら観賞用だ。

 毎年秋になるとワカサギ釣りに行きたいと思うのだが、今年も行けそうにない。それでも思い立ったらすぐ行ける距離に釣り場があるのはありがたい。時々釣りに行って幸せになろうと思う。

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