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2006年7月28日 (金)

イルドバカンス号

イルドバカンス2世号 一八四トン 速力一五.五ノット
イルドバカンス3世号 二九二トン 速力一六.二ノット

 夏の恒例になりつつある同級生の里帰りに合わせて、初島に魚を食べに行く。同級生の御婦人二名と五歳の娘が一人に私。列車で旅行する場合四人連れというのは座席の構造上大変好都合だが、藤沢駅集合で乗り込む普通列車のロングシートに玉砕。間抜けな乞食みたいに横一列に並ぶ。
 熱海の街は一時の廃墟だらけからは随分持ち直した感じで小綺麗になっていたが、熱海港の船着き場は三十年前から殆ど変わっていないように感じる。初島行きのイルドバカンス三世号に乗船。時刻などを調べようとネットで「富士急興業」を検索するが、どうも公式サイトが引っかからない。よく調べたら社名が変わって「富士急マリンリゾ-ト」になったのだそうだ。
 私が前回初島に行ったのは高校生の時だから二十年ほど前、就航船はパイオニア号とイルドバカンス号。大島行きの東海汽船かとれあ丸(初代)の後ろに並ぶ可愛らしい船だった。それが今はイルドバカンス2世号と3世号の二隻が就航している。2世号は大分古くて、観光遊覧船の雰囲気だが、3世号は小型クルーズ船の雰囲気だ。今は大島行きの客船が廃止になりジェットフォイルだけになったので、船のサイズで言えば大島行きより初島行きの方が大きい。
 初島で刺身と焼きイカを食べてビールを飲む。波打ち際でちょっと遊んで、伊東行きの2世号に乗船。乗客は全部で五名。つまり我々以外に一人しか乗っていない。一日たった二往復の伊東航路だが、夏休み中にこんな乗船率では心配になる。
 船から見る初島は小さな島に不釣り合いなくらい大きなリゾートホテルが建っている。私は廃墟マニアではないが、ここが廃業して三十年くらい経ったら、さぞや香ばしい廃墟になりそうな気がする。

 七月中旬に突然に人事異動で、勤務地が池袋から目黒に変わった。現在渋谷、恵比寿、目黒、五反田方面の飲み屋を開拓中。

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2006年7月 8日 (土)

柳家喬太郎独演会

二〇〇六年七月七日 中野ZERO小ホール

「 寄  合  酒 」 喬之助
「純情日記渋谷編」 喬太郎
 ペーソスアワー  ペーソス
「  心   眼  」 喬太郎

 会場ブッキングの都合で十九時半開演。気づかずに早く着いたので、向かいのホームセンターで時間をつぶす。
 今日のテーマは「男と女」、だから喬之助の与太郎が最初だけオカマっぽくなる。「だったら最初から宮戸川でもやればいいのに」と自分落ち。本落げ(どんなだっけ?)までいかず、途中までで短く切り上げる。
 一席目の渋谷編は喬之助の病気の話から入る。マクラで充分に湧かせた後、渋谷編に入る。CDにもなっている演目なので、推敲を重ねられており安心して笑える。
 休憩無しでペーソス。「私ズルイんです」「風に揺れている」「おやぢいらんかぇ~」「ああ連帯保証人」「涙腺歌」「霧雨の北沢緑道」の六曲。「男と女」というテーマに沿った選曲だが、恐らく「連帯保証人」はプロデューサーのリクエストだろうと勝手に推測。三枚ともCDを持っているので何度も聴いている曲ばかりなのだが、何度聞いても楽しい。
 二席目は「心眼」。寄席に通い始めの高校生の時、新宿末廣亭でさん喬が演じた「心眼」、私が寄席で泣いた最初の経験である。さん喬の話や、言葉狩りの話をするたびに今だに引っ張り出す、思い出の高座だ。その「心眼」を総領弟子の喬太郎が演る。かなり緊張して聴いた。喬太郎の最大の弱点である「高まった感情を表現するときに裏声を潰した発声をして耳障りな口跡になる」シーンが無かったせいもあり、非常に安定した高座だった。くすぐりの追加も、ペーソスの歌から「血糖値が高くても、中性脂肪が多くても」を借りてきただけで、よいアクセントになっていたと思う。久々に「心眼」が聴けただけでも大満足な会であった。

 帰りにKちゃんと博多名物もつ鍋で一献。もつ鍋と焼酎は合いますなあ。

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