« 魚食い | トップページ | 阿房船 »

2006年8月20日 (日)

大山詣り

 無計画に大山に行ってみた。休みなのにすることがないのでクルマで何処かに行こうと家を出て、以前から気になっていた神奈川県伊勢原市の某所を訪れてみたのである。
 そこは数年前に凝っていた先祖調べで発見した遠い親戚。戸籍上では父方の祖父の姪(姉の娘)。実際は恐らく祖父の父親違いの妹か、曾祖母が再婚した相手の連れ子?。書いていても何だか判らなくなりそうだが、そんな薄い親類が大正十四年に養子に行った家が、神奈川県中郡大山町子易という所にあるのだ。現在は伊勢原市に編入されているが番地は変わっておらず、大山詣りの参詣客が通る旧道沿いの一角に該当する番地を発見した。残念ながら養子に行ったはずの大澤という名前ではなく、I田という表札を確認して退散。誰かいたら話を聞こうかとも思ったが、八十年前の事を聞かれても現在の住人には迷惑なだけだろう。

 せっかくだから市営駐車場にクルマを駐めて、ケーブルカーで大山に登ってみる。落語好きだから参道を歩きながら「慚愧懺悔(さんげさんげ)六根罪障、大峰八大金剛童子、大山大聖(だいしょう)不動明王石尊大権現、大天狗小天狗」と唱えたくなってしまう。もちろん「大峰八大(おおみねはちだい)」の所は江戸っ子流に「おしめにはったい」と間違って唱えなくてはいけない。同じような事を考えて、どれほどの落語好きが大山に詣でたのだろうと思う。ただし本当は、さんげさんげと唱えるのは両国の垢離場でやるのが正しかったと思う。
 生憎、驟雨と晴れ間が交互に来るような不安定な天候だったので、値千金の眺望は江ノ島がちらりと見える程度で、時間がなかったので名物の豆腐を食べる余裕もなく帰ってきた。

 結論として、すっかり冷めつつも継続している鉄道乗りつぶしの距離が〇.八キロ増えて、架線が二本あるケーブルカーの構造に感心したというお話でした。

|

« 魚食い | トップページ | 阿房船 »