« 大山詣り | トップページ | RE:唐辛子な人々のブログ »

2006年9月19日 (火)

阿房船

 かめりあ丸 東海汽船 貨客船三七五一トン
 一九八六年内海造船瀬戸田工場で建造

 現在個人的に第三次伊豆諸島航路ブームが訪れており、昨日も友人T君を引き込んで八丈島まで往復してきた。内田百間を気取るわけではないが、なんにも用事がないけれど、船に乗って八丈島へ行って来ようと思ったのだ。片道十一時間で八丈島滞在は三十分。帰りの乗船券を買ったら土産を買う時間もなくトンボ返りである。同行のT君は流石にウンザリしたらしく、殆ど船室でふて寝を決め込んでいた。
 東海汽船に乗るだけの為だったら、いろいろな乗り継ぎパターンが選択できる東京~大島~神津島の通称片航路が楽しく、東京湾内が往復とも日没後になる東京~三宅島~八丈島の通称三八航路は時間もきつく、面白味に欠ける。しかし、黒潮より南の海の碧さは八丈まで行かないと見ることが出来ない。
 普段は東海汽船のフラッグシップ、一九九二年建造のさるびあ丸(四九六五トン)が就航する三八航路だが、夏の間はさるびあ丸が東京湾納涼船に就航するため受け持ちを入れ替えて、普段は片航路担当の老嬢かめりあ丸が就航する。
 台風十三号が九州付近を北上中のため、立って居られないくらいの大揺れを期待しての乗船だったが、台風は日本海に抜けてしまい、うねりも大したことない。全島条件付き(桟橋に接岸できない場合は欠航となる)での出帆だったが、まさかの往復全島就航。未上陸の御蔵島で下船したかったが、下り便が接岸できたからといって上り便が接岸できる保証はない。無理せず八丈まで行ったが、上り便も無事接岸。結果的には判断を誤ったことになるが、強風とうねりの中の接岸作業と荷役作業。船旅の醍醐味を充分に堪能してきた。
 高校時代の第二次伊豆諸島航路ブームの頃、先輩のかとれあ丸やすとれちあ丸に比べて安っぽい感じがして、あまり好きでなかったかめりあ丸だが、船齢二十年という老嬢となり風格が備わった気がする。下田航路のあぜりあ丸(一九八八年建造)とともに、今の内に乗っておきたい船である。

|

« 大山詣り | トップページ | RE:唐辛子な人々のブログ »