橋本克彦「線路工手の唄が聞えた」(文春文庫一九八六)
初刊は一九八三年JICC出版
古本屋で探し続けて、もう七八年経つだろうか。昨年の暮れに八王子の古本屋で遂に発見、二〇〇円なり。
明治から戦前までの鉄道建設と線路保守の様子を、「道床搗き固め音頭」を通して探るノンフィクション。小池喜孝「常紋トンネル」(朝日文庫一九九一)と並んで鉄道ファン必読の書であると思う。戦前までの日本の鉄道が、ただひたすら人力のみによって線路を敷設し、保守してきたことが理解できる。
「常紋トンネル」では北海道の線路敷設が、主に囚人やタコ部屋労働者を酷使して行われた歴史が描かれていた。この「線路工手の唄が聞えた」では、各地の保線作業が地元出身者からなる線路班によって行われた歴史が、最後の線路班員たちからの貴重な聞き取りによって生き生きと描かれている。そこには貧国日本の安上がりな線路を少しでも長く敷設する方針が、そのまま保線作業員の重労働にはね返っていた事実がよく見える。更に「優良線路班表彰制度」により必要以上の競争意識を喚起し、必要以上の保線精度の追求に走らせる様子や、「保線講話会」による科学的な研究が行われてきた事実など、日本的な部分とそうでない部分が同居していて面白い。
高校生の頃、毎年菅平にスキーに行く時、上下にジャンプしそうに大揺れで走っていた八高線の気動車が、高崎線の線路に入るとピタリと揺れなくなるのに気づいた。列車の乗り心地は車両の性能ではなく、線路の保守で決まるのだと実感したものである。
このような本は鉄道ファンくらいしか読まないのだろうが、本当は鉄道を利用する全ての人に読んでほしいと思う。ついでに言えば、私が毎日乗っているJR中央線の線路状態は、高架化工事中の仮線とはいえ、もう少しちゃんとしてほしいと思う。
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