« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »

2009年3月22日 (日)

「釣りキチ三平」(二〇〇九「釣りキチ三平」制作委員会)

講談社「週刊少年マガジン」創刊50周年記念作品

二〇〇九年三月二十二日 立川シネマシティ

 一九八〇年代に釣り少年だった世代には、釣りの教科書だった漫画の実写化。「釣りバカ日誌」シリーズで散見される、釣り上げたばかりの魚がグッタリ衰弱している不自然さを解消すべく、CGを駆使した釣りシーンが売りだという前評判。実は十一日によみうりホールで行われた試写会の招待状を手に入れていたのだが、会社の送別会のため断念。封切り三日目に観に行く。

 前半は原作の「水のプリンセスの巻」、後半は「夜泣谷の怪物の巻」。前半はほぼ原作通りの筋だ。後半では原作では赤の他人である愛子が、東京に住んでいる三平の姉という設定で現れる。この愛子が田舎暮らしの三平&一平のアンチテーゼとして物語は進む。間に挟まる事になる魚伸が、設定上原作とは違う三枚目キャラになるのは仕方がないのだろう。
 心配だった釣りシーンのCGは、お茶の間映画としては十分に楽しめる出来である。釣りのシーン以外でもCGが効果的に使われており、夜泣谷の怪物の姿もギリギリお笑いにならない範囲に収まっていると思う。主役の須賀健太は好演だと思う。表情が豊かなところは素晴らしいが、もう少し三平のお調子者な要素が表現できれば良かった。一平爺さんと魚伸も好演。重要な脇役であるユリッペが、ちょっとお淑やかすぎるのが難点か。原作通りお転婆で手が付けられない雰囲気が欲しかった。愛子はこの脚本では大変重要な役だが、頑なに田舎暮らしを否定しているうちはいいのだが、後半の展開に演技が追いつかない。役者として技量不足である。
 役者の技量よりも気になったのは、やはり釣りのシーン。夜泣谷の怪物が針に掛かって以降のやりとりの場面で、リールからギリギリ糸が出るほど引き合っているのに、竿を支えている腕に全く力が入っていないのが見え見えで白けてしまった。撮影時には空竿を持たせて撮影したのが見え見え。せめてスタッフが見えないところで糸を引っ張ってやれば、幾らかリアリティのある映像が撮れたのではないだろうか。

 原作を全巻所有している(文庫版だが)くらい好きな作品だ。そして、三平を師として釣りをしてきた。だから、実写版映画の評価はかなり厳しくなる。原作を知らず、釣り師でもない人が観るなら、かなり楽しめる映画だと思う。この映画を観た子供たちが、原作を読み、釣りに興味を持ってくれたらいいと思う。原作者・矢口高雄の釣り論は、時に気恥ずかしいほど青臭いが、子供が最初に目覚めるには丁度いい。それから段々現実を知っていけばいいと思う。
 この映画が、釣りの入り口になってくれればいいと思う。

| | コメント (0)

2009年3月13日 (金)

東京交響楽団特別演奏会

「西本智実 マーラーと向き合う!」

二〇〇九年三月十二日所沢市民センター ミューズ アークホール

マーラー/交響曲第二番ハ短調「復活」

澤畑恵美(ソプラノ)、伊原直子(アルト)
合唱/東響コーラス
管絃楽/東京交響楽団
指揮/西本智実

 日本初の美人女性指揮者、西本智実を聴いてみる。暮れに第九を聴きに行こうと思ったのだが、軒並み完売。第九なら実力は一発で判るが、復活の場合曲がとりとめないだけに、勢いで騙される危険がある。特に若い指揮者の場合は、無謀な挑発にオケが乗った場合、思わぬ興奮を呼ぶので用心しなければいけない。あくまで美人指揮者の実力を見極めるのが目的だ。今までの唯一の体験がHMVの試聴機で聴いた新世界第四楽章の一分程度で、まったく凡庸な演奏としか印象がないのだが、それを覆してくれるのだろうか。

 舞台に登場した西本は確かに格好いい。言い古されているが宝塚歌劇の男役のような容貌と身のこなしに燕尾服が似合っている。指揮姿も決まっていて、大きな拍の前で、左手を前に差し出して、指揮棒を頭の後ろまで振りかぶる「決めポーズ」が何度も繰り出される。客層は宝塚同様、中高年の女性が圧倒的に多かった。以上おしまい。

 というわけにもいかないので、演奏についても書きたいのだが、これが困る。特にここがひどかったとか、ここは振り間違えたとか落っこちたとかは無い。そして、いいと思った部分も皆無。若手らしい思い切った表現、テンポなども一切無し。無い無い尽くしで退屈。途中で何度もまったく関係のないことを考えてしまうほど、求心力のない演奏だった。
 面白くない理由は単純だと思う。西本自身に音楽表現の欲が無いのだろう。指揮者になる動機は色々あるだろうが、この人は格好いいから指揮をしたかったのだろう。音楽は自分の華麗な指揮姿の材料でしかない。派手で起伏のある曲の方が、都合がいいのではないか。副題が「西本智実 マーラーと向き合う!」となっているが、彼女が向き合っているのはマーラーの音楽ではなく、マーラーを透かした姿見のような気がする。
 欠点として、決して判りにくい棒ではないのに、ルバートしてドカンといくところがもたつくのは、例の「決めのポーズ」を無理して繰り出すからだ。大きく図形を描いてやればいいのに、中途半端なところでサッと「決めのポーズ」を出すから、慣れないオケが合わせるのに苦労するのだと思う。

 舞台映えのする演奏家で、固定ファンも多いようなので、各オケも上手に客演指揮者として使えばいいと思う。クラシックファンの拡大には繋がらないが、オケの収支には貢献できる指揮者だと思う。

 終演後、偶然エキストラで乗っていた仲良しのEさんと酒盛り。プロの演奏家であるEさんと、素人である私と、「感動する指揮者がいない」という点で意見が一致。有能な若手がもっと出てくるといいのだが。

| | コメント (0)

« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »