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2009年10月16日 (金)

保田武宏「志ん生の昭和」(アスキー新書二〇〇九)

 新書が薄くなったと思う。物理的なページ数もそうだが、活字が大きく、余白が広く、情報量が少なくなった。そうでないと売れないのだとどこかで聞いたことがある。個人的には新書はもう少し読み応えのある分量が欲しい気がする。

 本書の筆者も同じ思いではないだろうか。「昭和」と題名にあるが、まえがきにもあるとおり震災以降の志ん生について書かれているが、とにかく駆け足の感じがする。
 志ん生の伝記は結城昌治の「志ん生一代」という、文庫二冊にわたる大作があり、志ん生の生涯を語る場合この本が基礎資料になっている感がある。「志ん生一代」を読むと、生涯を伝記にしようとしたのだが、資料が少なくて小説にした感じがする。通しで語るにはどうしても憶測によらねばならない部分があるので仕方なかったのだろう。
 本書では満州行きの部分などはあっさり割愛している。その代わり震災から戦後までの落語界の離合集散について頁を費やしており面白い。この部分はもう少し詳しくても良かったと思う。また、当時の噺家の名前を、何代目かではなく本名を併記している点も判りやすい。ただ、馴染んでいる代数は併記しても良かったのではないか。
 新たに知ったのは改名遍歴の内、全亭武生という名前は亭号が全亭ではなく金原亭武生だったという事と、その直前に名乗ったとされる吉原朝馬という名前は名乗った形跡がない事。自伝の「びんぼう自慢」では確かに「芸名のいろいろ」で「それまでにあたしは、三遊亭朝太から円菊……ここで、先代の志ん生師匠の弟子になって 古今亭馬太郎、全亭武生、吉原朝馬、隅田川馬石、金原亭馬きん、古今亭志ん馬……と、もう八回も名前を変えている。」と述べているので、これを否定するには相当な調査をしたのだろうと思う。
 せっかくそこまで調べているのならば、薄い新書ではなく単行本でもっと詳細に書いて欲しかった。時流に乗って内容を薄めてしまったのは、やや残念だ。なので、本文はあっという間に読み終わってしまうが、巻末のホール落語や放送の演目リストが資料として価値が高い。「泳ぎの医者」「三助の遊び」などの珍しい噺は、録音が残っているなら聞いてみたいものだ。

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