川柳噺の会
池袋秘密倶楽部 浅草支部例会
二〇〇九年十二月二十三日 浅草見番
(演題不明) 川柳つくし
「歌は世につれ」川柳川柳
(対談) 川柳川柳&柳家三三
ー中入りー
「八九升」 柳家三三
「涙の圓楽腺」 川柳川柳
CD「川柳百席」第三集の発売を記念した川柳独演会。会場の浅草見番はその通り見番の建物で、二階の百人位入れそうな広間に高座を作った会場。畳敷きの広間で噺を聞くのは、建て替え前の池袋演芸場や本牧亭を思い出させる。下座は太鼓のみで、各々好きな曲のテープをかけて登場する。
開口一番のつくしは「イエローサブマリン」のオリジナルで登場し、川柳の会のための新作。お局OLが買った一軒家の庭先で川柳が野垂れ死に、川柳終焉の地となった家の塀に川柳ファンの落書きが後を絶たないという筋。川柳ファンには面白いが今一の出来。もう少し話の展開に工夫が欲しかった。つくしもいい歳で真打昇進も近いと思うが、何年経っても安定感がない。聴いていて常にハラハラするのは前座の頃から変わっていないが、そういう芸風で落ち着いたのだろうか。
「英国東洋艦隊壊滅の歌(藤山一郎)」で登場した川柳の一席目は「ガーコン」でない「歌は世につれ」。「東京ラプソディ」や「東京の屋根の下」をネタに、思いついたことを随談風に話す。歌わないと歌詞が出なかったりするのはジジイだからご愛敬の内。最後はおなじみの選抜高校野球の歴代入場行進曲の話からパフィーの歌を歌い、「月月火水木金金」の高校野球用替え歌を歌う。
三三が登場して二人で対談は、この会のために三三が川柳に稽古を付けてもらった「八九升」の話から、言葉狩りの話題へ。昭和五十何年かに芸団連(だったか?)の会報に載っていた「差別用語の言い換え」の記事を見ながら、その滑稽さを笑う。
中入り後三三は「正札付」で登場、一瞬圓生の物まねをするが、つんぼの小咄を二つ振ってから八九升。確かに今時はやりにくい噺だと思うが、会話以外の色々な要素が詰まっているので、前座に最初に教えたという圓生の方針は正しいと思うし、つくしが高座にかけた時に控えてくれと言った鈴本の席亭の気持ちも分かる。差別用語不使用主義者に対し、「心眼」のような噺なら「単語を拾わずに話を聞け」と言えるが、このようなあからさまに障碍者を揶揄する内容だと、破礼噺同様非公開の席などで演じるのが適当かとも思う。もっとも、川柳独演会は非公開に限りなく近い気がするのだが。三三は番頭がご隠居に悪態をつく部分を嫌味にならない程度に抑えて演じており(圓生のやり方か?)、心配したほどではなかった、あれ位なら寄席でかけても大丈夫ではないだろうか。
トリの川柳は「元禄花見踊」で登場、先々月の圓楽死去のニュース以来期待していたとおり「涙の圓楽腺」。入門当時からの圓楽の思い出を、「もう死んじゃったからいいよな」とウェブ上に上げるには憚られるようなエピソードまで含めて語る。最後はフィクションになって落げがついたところで、改めて圓楽を追悼して「涙の連絡船」の替え歌「涙の圓楽腺」を唄う。
川柳師も来年三月で七十九歳、師圓生を越える。口調は変わらないし声量も衰えていない。話が脱線して何を話していたのか判らなくなるのも面白い。本人も多少ぼけてきたのは自覚しているようで、それがまた味わいがあっていい。二十余年川柳師の高座に接しているが、ネタは変わらずとも味のあるジジイになって元気な高座を観られるのは本当に嬉しい。あの様子だとまだ当分は大丈夫そうなので、最近盛況と伝え聞く定席にも時には足を運びたいと思う。
それから、私を含む川柳ファンを代表して、到底儲かるとは思えない師のCDや、独演会を企画制作して下さる、池袋秘密倶楽部のIさんに心から感謝したいと思う。ありがとうございました。
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