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2010年2月26日 (金)

「ウンタマギルー」(パルコ一九八九年)

二〇一〇年二月二十六日東京都写真美術館
「第2回恵比寿映像祭 歌をさがして」

 以前この映画をヴィデオで見直したとき、このブログに「スクリーンで観ることが叶わなかったので、せめてDVD化してもらえないものだろうか」と書いた。その作品をスクリーンで観るチャンスが来たのだ。
 興味なくチラッと見た「恵比寿映像祭」のチラシに「ウンタマギルー」というカタカナの並びを発見し、思わず見直した。そして、仕事中だったにもかかわらず「うわっ!」と声を上げてしまった。正に望外の喜びだ。しかも一般の映画館ではないので、前売り九百円という入場料だ。ありがとう写真美術館!。

 会場の写真美術館のホールは一九〇席ほどで、スクリーンや音響設備も決して立派とは言えない。しかし、興行として成り立たないような地味な作品を定期的に上演しているようだ。入りは寂しく四〇名ほど。
 上映に先立ち美術館職員の説明がある。曰く、今回は私も行ったことのある沖縄県立博物館・美術館のアーカイヴにあるニュープリントでの初上映(厳密には当映画祭での第一回上映の二十一日に続き二回目)とのことで、遙々沖縄から駆けつけた沖縄県立博物館・美術館館長から一言挨拶がある。
 続いて上映が始まるが、最初の床屋のシーンがスクリーンに映されたとき、何とも言えない気持ちになった。封切り時に知らなかった映画を後で知ると、テレビ画面でしか観られないことが殆どだ。しかし、諦めていたウンタマギルーを今スクリーンで観ている。この世に思い残すことが確実に一つ減ったと感じる。
 ニュープリントの画質は良好とは言えないように感じた。二十年という歳月の間に、確実に原盤の劣化、退色は進んでいる。今ぐらいの内に早くDVD、出来ればBD(再生機材を保っていないが)化してくれないだろうか。

 エンドロールまできっちり観て、駅の反対側の「縄のれん」で久し振りに立ち飲み。ハイボール三八〇円、ビール大瓶七八〇円、やきとり一本一六〇円と、およそ立ち飲み屋の値段ではないが、ここの牛はらみ串と、油ギトギトで食べると体調を崩す煮込みが、時々無性に食べたくなるのだ。

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ミーシャ・アスター「第三帝国のオーケストラ」(早川書房二〇〇九)

Misha Aster "Das Reichsorchester"
訳/松永美穂、佐藤英

 ナチス政権下でのベルリン・フィルハーモニー管絃楽団(以下BPO)の活動を、ナチスとの関係を中心に描くドキュメンタリー。

 古いフルトヴェングラーの評伝などを読むと、フルトヴェングラーがナチスと対峙し、BPOやユダヤ人音楽家を擁護したという判りやすい書き方がされる。一九三四年のヒンデミット事件で一切の公職を辞したフルトヴェングラーであったが、ナチスに巧みに操られドイツに留まったため、戦後非ナチ化裁判で無罪となっても、ナチの指揮者という謂われ無き非難を浴びたという史観だ。しかしながら本書を読むと、ことはそんなに簡単ではなかったようだ。
 フルトヴェングラーは翌一九三五年からBPOの指揮台に復帰する。この時、音楽監督や常任指揮者というポストには復帰しなかったが、ほぼ実権を握る特別待遇は手にしている。早い話が、民主党が政権を取って調子づいていた時の小沢一郎のように、政府の肩書きは無いが実権は掌握したのだ。ナチスとフルトヴェングラーの関係は、お互いに相手を巧く利用しようとして微妙な駆け引きをしていたように感じる。
 大人になってからは薄々感じていたのだが、従来語られてきた人物像よりも、フルトヴェングラーという人は相当嫌な奴という感じがする。ナチスを利用して相当美味しい思いをしていたのに、表面上はドイツ音楽の守護者のふりをして、ナチスに迎合したドイツ音楽至上主義プログラムをBPOに課していたとも判断出来る。ただ、フルトヴェングラーは相当嫌な奴だが、カラヤンは更に嫌な奴だ。どちらも金と権力の亡者と感じるが、紡ぎ出す音楽の真実味において、カラヤンは表面的な俗物、フルトヴェングラーは精神性を備えた俗物だと思う。
 残念ながら本書には、一九三六年にニューヨーク・フィルがフルトヴェングラーに音楽監督就任を要請したのを、休暇中だったフルトヴェングラーが知らない(?)内にゲッペルスが国立歌劇場音楽監督就任の報道をして潰した事件には一切触れられていない。この時代のフルトヴェングラーとナチスの関係を語る上で絶対外せない事件なのに、全く触れられないのは理解に苦しむ。また、近年になって知られるようになった、一九三七年のBPO日本楽旅計画にも全く触れられてはいない。
 翻訳者は頑張ったのだろうが、この手の本で常に問題になる「音楽に詳しい人に翻訳して欲しい」という一般的な望みは叶えられていない。一九三七年に日本の作曲家で指揮者の「山田一男」がBPOを指揮したなどという初歩的な誤りは、たとえ翻訳者が知らなくとも、編集者、出版社の誰かが気づかなければいけない。
 全体の感想としては、ナチス時代のBPOの通史としてではなく、エピソードの拾遺として読むべき内容だと思った。

 せっかく戦中のBPOの事を読んだので、フルトヴェングラーが戦中最後にBPOを指揮したブラームスの交響曲第一番の第四楽章を聴いてみた。演奏会は前半のモーツァルトの途中で空襲による停電で中断。電力復旧後演奏されたブラームスだ。照明よりも録音機材の復旧に手間取ったらしく、録音は第四楽章しか残されていないが、実に感動的な演奏だ。この時フルトヴェングラーが一週間後に実行する亡命のことを、どこまで具体的に考えていたのかは判らない。しかし、BPOと最後の演奏かもしれないと覚悟はしていただろう。音楽に没入するフルトヴェングラー、それに応えるBPO、ベルリンの聴衆、専任録音技師シュナップ博士の録音と、全てが感動的なレコード(記録)である。

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2010年2月 6日 (土)

落語DEBAYASHI~出囃子~

徳間ジャパン/TKCA-七三三一九(二〇〇八)

 二〇〇八年に発売されて、すぐに廃盤になった出囃子のCD。TSUTAYAの宅配レンタルで発見して借りてみて、二つの事に驚いた。

 一つ目はCDの内容。噺家の世界にありがちな、ぞろっぺな仕事だ。今までに色々発売されている出囃子のCDは三味線二挺と太鼓、笛を基本編成とし、随時鳴り物を追加する感じだ。ところがこのCDは基本三味線一挺と太鼓のみ。普段の寄席で聞くのと同じ状態だ。
 さらに、演奏も決してほめられたものではない。まず、出囃子というのは長唄などの一部を使うのだが、曲の切り出し方が短い。「元禄花見踊り」などは第二主題(とは言わないだろうが便宜的にそう呼ぶ)まで行かず、第一主題のみを繰り返しておしまい。その繰り返すきっかけの太鼓の合いの手が間抜けでガッカリする。三味線も太鼓も、時に寄席で聞かれるヨレヨレの状態ではないが、決して上手とは言い難い。そして、もう一つの疑問が演奏時間。一曲の演奏時間が一分弱の物が多い。落語会などで生のお囃子代わりに使いたい場合、出囃子の演奏時間は一分半くらい欲しい。前の演者が高座から降りるところから演奏を初めて、高座返しをして次の演者が板に付くまでは結構時間がかかる。一分弱ではやや心許ない気がするのだ。
 つまり、出囃子を聴かせる事を目標とするには演奏がお粗末だし、実用向けにしては演奏時間が短いので、何をめざして作ったCDなのかが判らないのだ。ついでに個人的な感想を言わせてもらえれば、「白鳥の湖」の太鼓をスキップリズムで叩くのは反則。「野崎」や「菖蒲浴衣」みたいな大太鼓の刻みにしなくては、難曲らしさが出ない。

 もう一つ驚いたのは、TSUTAYAの宅配レンタルの方法。ネットで予約するとゆうメールで届き、ゆうメールで返却というシステムは良くできているが、送られてきたのは裸のCDのみ。ブックレットもインレイも無し。それだけでは曲名すら判らない。ネットで予約できるんだから、曲目もネットで確認せよということなのだろうか。曲名はネットで調べられたが、演奏者が誰であるかは結局判らず終い。それ以上のデータは全く不明。クラシック音楽を聴くことが多い私が知りたい、録音データなどは知りようがないのだ。そういうことが知りたいならCDを買えということなのだろう。今回は廃盤になっていたのでレンタルで借りたが、すぐに返却して退会手続きをした。古い人間は宅配レンタルCDには馴染めないようだ。

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