« 落語DEBAYASHI~出囃子~ | トップページ | 「ウンタマギルー」(パルコ一九八九年) »

2010年2月26日 (金)

ミーシャ・アスター「第三帝国のオーケストラ」(早川書房二〇〇九)

Misha Aster "Das Reichsorchester"
訳/松永美穂、佐藤英

 ナチス政権下でのベルリン・フィルハーモニー管絃楽団(以下BPO)の活動を、ナチスとの関係を中心に描くドキュメンタリー。

 古いフルトヴェングラーの評伝などを読むと、フルトヴェングラーがナチスと対峙し、BPOやユダヤ人音楽家を擁護したという判りやすい書き方がされる。一九三四年のヒンデミット事件で一切の公職を辞したフルトヴェングラーであったが、ナチスに巧みに操られドイツに留まったため、戦後非ナチ化裁判で無罪となっても、ナチの指揮者という謂われ無き非難を浴びたという史観だ。しかしながら本書を読むと、ことはそんなに簡単ではなかったようだ。
 フルトヴェングラーは翌一九三五年からBPOの指揮台に復帰する。この時、音楽監督や常任指揮者というポストには復帰しなかったが、ほぼ実権を握る特別待遇は手にしている。早い話が、民主党が政権を取って調子づいていた時の小沢一郎のように、政府の肩書きは無いが実権は掌握したのだ。ナチスとフルトヴェングラーの関係は、お互いに相手を巧く利用しようとして微妙な駆け引きをしていたように感じる。
 大人になってからは薄々感じていたのだが、従来語られてきた人物像よりも、フルトヴェングラーという人は相当嫌な奴という感じがする。ナチスを利用して相当美味しい思いをしていたのに、表面上はドイツ音楽の守護者のふりをして、ナチスに迎合したドイツ音楽至上主義プログラムをBPOに課していたとも判断出来る。ただ、フルトヴェングラーは相当嫌な奴だが、カラヤンは更に嫌な奴だ。どちらも金と権力の亡者と感じるが、紡ぎ出す音楽の真実味において、カラヤンは表面的な俗物、フルトヴェングラーは精神性を備えた俗物だと思う。
 残念ながら本書には、一九三六年にニューヨーク・フィルがフルトヴェングラーに音楽監督就任を要請したのを、休暇中だったフルトヴェングラーが知らない(?)内にゲッペルスが国立歌劇場音楽監督就任の報道をして潰した事件には一切触れられていない。この時代のフルトヴェングラーとナチスの関係を語る上で絶対外せない事件なのに、全く触れられないのは理解に苦しむ。また、近年になって知られるようになった、一九三七年のBPO日本楽旅計画にも全く触れられてはいない。
 翻訳者は頑張ったのだろうが、この手の本で常に問題になる「音楽に詳しい人に翻訳して欲しい」という一般的な望みは叶えられていない。一九三七年に日本の作曲家で指揮者の「山田一男」がBPOを指揮したなどという初歩的な誤りは、たとえ翻訳者が知らなくとも、編集者、出版社の誰かが気づかなければいけない。
 全体の感想としては、ナチス時代のBPOの通史としてではなく、エピソードの拾遺として読むべき内容だと思った。

 せっかく戦中のBPOの事を読んだので、フルトヴェングラーが戦中最後にBPOを指揮したブラームスの交響曲第一番の第四楽章を聴いてみた。演奏会は前半のモーツァルトの途中で空襲による停電で中断。電力復旧後演奏されたブラームスだ。照明よりも録音機材の復旧に手間取ったらしく、録音は第四楽章しか残されていないが、実に感動的な演奏だ。この時フルトヴェングラーが一週間後に実行する亡命のことを、どこまで具体的に考えていたのかは判らない。しかし、BPOと最後の演奏かもしれないと覚悟はしていただろう。音楽に没入するフルトヴェングラー、それに応えるBPO、ベルリンの聴衆、専任録音技師シュナップ博士の録音と、全てが感動的なレコード(記録)である。

|

« 落語DEBAYASHI~出囃子~ | トップページ | 「ウンタマギルー」(パルコ一九八九年) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 落語DEBAYASHI~出囃子~ | トップページ | 「ウンタマギルー」(パルコ一九八九年) »