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2010年6月28日 (月)

蛍見物

 数年前までは毎年行っていた、長野県丸子町(現上田市)の狐塚に、久しぶりに蛍見物に行ってきた。
 蒸し暑くて時々雨がパラパラ降るという、蛍見物には絶好の天候なので大いに期待して暗くなるのを待った。一匹二匹と光り出したが、後がなかなか続かない。八時頃のピーク時で、見渡した感じ百匹程度が飛んでいたようだ。
 忘れもしない、二〇〇三年に見に来たときは、地元の爺さんが「ここ何年かで今日が一番いい」と言うほどで、ざっと三千匹くらいが舞っていたと思う。とても私の文章力では伝えられない、圧倒的な光景を目の当たりにした。
 天候に左右されるものなので、なかなかこちらの目論見通りに発生してくれないが、今年は四月が寒かったせいで発生が例年より一週間以上遅れている。さらに、去年は十月に台風で大雨が降ったので蛍の幼虫や、餌になるカワニナが流されてしまったのかも知れない。
 釣りにしても、蛍にしても、幾らその日の条件が揃っていても、その年や前の年の気象条件にまで左右されるので、なかなか最上の条件に遭遇することは難しいようだ。

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2010年6月21日 (月)

猫の家出

 朝六時に突然電話が鳴る。こんな時間に誰だろうと思って取ると、隣家のおばさんからだ。
「お宅の猫が来てるわよ」
半信半疑で行ってみると、うちの十歳になるメス猫がギャオギャオ鳴いている。おばさんに礼を言って、抱えて連れ帰った。色々心当たりはあるのだが、早い話が家出をしたものの心細くなって、隣家に助けを求めたということのようだ。

 そもそもこの猫は今から十年ほど前、流れてきたメスの野良猫が我が家の外階段の下(当時は電気温水器があって暖かかった)に住み着いて、そこで産み落とした四匹の子猫のうちの一匹である。母猫と兄弟たちはいつの間にか流れていってしまったが、この猫だけが定着し、うちと両隣の三軒で世話をしていた。
 ところが一昨年の春、よそから来たノラ猫と喧嘩をして、背中に大きな傷を負った。獣医に連れていき治療したが、先生から「もう歳だから、外で飼うのは厳しいです」と助言され、家で飼うことにした。しかし、うちには当時十六歳になる生まれも育ちも我が家の老描がおり、年寄り同士で折り合いが付くかが心配された。
 結局仲良くはならなかったが、お互い適当な距離を置くことで折り合いが付いたようで、二匹は平和に同居していた。ところが、昨秋十八歳になった元々いる方の猫が老衰で死に、ここ半年ほど飼い猫一匹の状況が続いていたのだ。

 そこへ私が子猫を二匹もらってきたのが今回の騒動の発火点となった。野良猫の子を二匹もらったのだが、一匹は猫風邪がひどいので、取りあえず三週間前にオス猫をもらってきた。これがやんちゃで、先住猫に飛びかかるものだから、先住猫はすっかり警戒して引き籠もっていた。そのうち、子猫が潜伏期間だったらしく猫風邪を発症、鼻水と目の腫れがひどくなってしまい、医者通いをしていたら、それが先住猫にも感染。先住猫は治りが遅く、獣医で三回も点滴を打ってやっと元気になってきた。
 そこへ一昨日、風邪が治った新しいメスの子猫がやってきたのである。子猫同士がじゃれ合って遊んでいるので、これで先住猫の負担も減るだろうと思っていたら、今朝の家出騒ぎとなったわけだ。

 脱出経路は以前にもやったことのあるルートのようだ。便所の窓(二階)へ便器と水タンクを伝って登り、車庫の屋根へ飛び降りるのだ。このルートは二メートルくらい飛び降りるので、戻ってくることはできない。隣のおばさんの話では、ドーンと何かが落ちた音がして、暫くすると縁側で猫の鳴き声がしたのでサッシを開けると、迷わず家の中に入ってきて出ていこうとしなかったらしい。
 先住猫とすれば、一人でのんびり暮らしていたのに、急に狼藉者が現れたり風邪をうつされたりで踏んだり蹴ったり。抗議行動のつもりで家出を試みたものの、外に出たら怖くなってしまい(外猫だった頃は随分流れ者のノラにいじめられた経験あり)、馴染みのおばさんに助けを求めたのだろう。
 気の毒なことをしたが、いずれ子猫たちとは馴染んでくれると思うので、当面は脱出経路の警戒を強化して様子を見守るつもりだ。

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2010年6月15日 (火)

都民劇場音楽サークル第五七九回定期公演

スウェーデン放送交響楽団
指揮/ダニエル・ハーディング

モーツァルト/歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲K.五二七
R.シュトラウス/交響詩「ドン・ファン」作品二〇
マーラー/交響曲第一番ニ長調「巨人」
ヴァグナー/楽劇「トリスタンとイゾルデ」から「愛の死」(アンコール)

二〇一〇年六月十四日 東京文化会館

 友達が行けなくなったと、都民劇場のチケットをくれた。東京文化会館でマーラーが聴けるということで、久々の上野へ。

 「ドン・ジョヴァンニ」はキビキビした快演。今時普通なのかも知れないが、思春期にベームやフルトヴェングラーを聴いて馴染んでいるため、とても爽やかに聞こえる。そして、単純だが聞き慣れない演奏会用コーダを聴くと得した気分になる。
 編成が大きくなった「ドン・ファン」は今一。音楽にメリハリが無く重苦しい。一週間も煮込んでしまったおでんのように、どこもかしこも同じ味しかしない感じなのだ。変わったことはやっていないし、下手でもないのだが、面白くないし決まり所が決まらない印象。
 後半のマーラーはいい感じで始まったが、第一楽章提示部を繰り返す。色々意見はあるだろうが、せっかくいい感じで始まったのに頭に戻ってしまうのは緊張感が途切れる。展開部以降は色々とテンポやアクセントの付け方に工夫が見られた。第二楽章も同様に同じ音型の繰り返しでは音量やバランスを変えるなど、若手らしい試みが見られた。第三楽章は冒頭のコントラバスをソロではなく八人全員のトゥッティで弾かせる。最新の国際マーラー協会版の楽譜ではそのような指示になっているようだが、実際の演奏で聴くのは初めてだ。慣れの問題かも知れないが、やはりここはソロで弾いた方が素朴な感じがしていいと思う。第四楽章も色々テンポやバランスを工夫していた。コーダのホルンのコラールを楽譜通り立奏させるだけでなく、トランペットとトロンボーン各一本で補強するのはスコアの注意書き通りの処置だが、音量と引き替えに「トランペット、トロンボーンをかき消すホルン」というマーラーの当初の意図からは遠ざかっている気がする。もっともこれは演奏者の立場で自作を改訂してしまうマーラー自身の悪癖で、コラールの旋律を強調するのが主なら盛大に金管バンダを加えればいいし、ホルンを強調したいならホルンのみを増強すればいいと思う。マーラーが振ったオケの事情がスコアに反映されて残ってしまうのは困ったものだ。
 オケは巧くはない(落っこち散見)が、奏者全員が楽しそうで好印象。ファゴット奏者二名がヘッドレストのような物を背後に立てていたが、シンバル難聴を防止するためか。第一ティンパニが音量が足りず、決め所が締まらなかったのが残念だった。しかし、何よりもハーディングの音楽作りがしっくり来なかった。無視されがちな絃のポルタメントをしっかり行ったり、テンポやバランスを工夫し、時に極端なデフォルメをするなど努力はしているのだが、何だか迫ってこないのだ。同じ巨人でも数年前に聴いたドゥダメルはやりたいことをやっているのがゴリゴリ胸に迫ってきたのに。一青窈の歌の歌詞ではないが「笑うツボが一緒」ということは結構大事で、ドゥダメルとは笑うツボが一緒なのに、ハーディングとは正反対のようだ。これは、ドゥダメルが優秀な指揮者で、ハーディングが無能な指揮者ということではない。単純に好き嫌いの問題だ。
 アンコールは「トリスタンとイゾルデ」から「愛の死」。熱狂した聴衆を静める選曲だが、老人会のような都民劇場の客には、家まで辿り着く元気が出るよう、「威風堂々」とか「ラデツキー行進曲」あたりの方が適切だったのではないだろうか。とにかくスヤスヤ寝ている老人ばかりの客席だった。

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2010年6月14日 (月)

ジャパンスネークセンター

 群馬県にあるジャパンスネークセンターへ行ってきた。前回行ったのは確か学生だった頃なので、約二十年ぶりの再訪だ。
 ネットで検索するとトンデモ系の記事が多く、ゲテモノスポットとしてか、寂れっぷりを面白おかしく紹介する記事が多い。だが、実はこのジャパンスネークセンターは、蛇が嫌いでなければとても興味深い施設である。

 千円の入場料(別に駐車料金が六百円かかる)を払って園内に入ると、アオダイショウ、マムシ、シマヘビなどの屋外飼育施設が並んでいるが、蛇というのは元々草むらや樹上に隠れているものなので、なかなか姿が見えない。アオダイショウは十匹くらい見えたが、シマヘビは一匹だけ、マムシは全く姿を確認できなかった。ちなみに、この屋外飼育施設は、冬は何も見られない(当然か)。
 屋内施設は、ニシキヘビやアナコンダが見られる大蛇温室、コブラなどが見られる毒蛇温室、大きめの飼育室でマンバなどが飼われている熱帯蛇類温室、生まれたばかりの子蛇が見られて採毒の実演が見られる採毒室などがある。いずれもオンボロで寂れた感じがするが、毒蛇も大蛇も他では見られないものばかりで、興味は尽きない。店はボロいがネタは最高の寿司屋みたいなものだろうか。
 丁度採毒の実演の時間になったので見に行ってみる。見学者は十数名。白衣姿の研究員が面白おかしく蛇の生態などを説明してくれて、大変参考になる。中でも、マムシやヤマカガシに咬まれるとどうなって、どう対処すべきかという話は、釣りを趣味とする身にとっては必要な知識だ。今までに聞いたことのある毒蛇に関する知識が、まったく迷信レヴェルのいい加減な知識だったことがよく解った。
 一通り説明が終わると、アオダイショウに触らせてもらい、質問を受け付けてくれる。たまたま真面目な観客が多かったのか、次々に質問が出て、何と採毒実演開始から質疑応答終了まで一時間半もかかり、大学の授業並の充実度だった。これだけでも千円の入園料では安いくらいだ。
 このジャパンスネークセンターは財団法人日本蛇族学術研究所という団体が運営しており、本業は毒蛇の咬症や血清の研究で、日本で唯一ヤマカガシの血清を作る技術を持っているそうだ。今でも年間五~六人がマムシに咬まれて死亡しているというから、とても大切な研究機関である。つまり研究が主で、観光はついでにやっている感じなのだ。寂れていて、客も少ないのに潰れないのは、本業がちゃんとあるからなのだろう。

 蛇を見ただけで鳥肌が立つような人にはお薦めしないが、興味のある人は是非足を運んで欲しい。半日いればあなたも蛇博士、園内にエンドレスで流れている、脱力感百パーセントのテーマソングが自然に歌えるようになるでしょう。

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