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2010年11月29日 (月)

諏訪湖のワカサギ

 最初に諏訪湖でワカサギ釣りをしたのは大学生の頃。デーゲームだった日本シリーズを聞きながら今は無き東洋バルブ前のボート釣りで、二人で八二〇匹。同行のW君より私の方が釣っていたので、五百匹近く釣ったのではないか。延べ竿二本での釣果だが、この記録は破られていない。
 以来約二十年、先々週の十一月十三日に新記録が出た。初のボウズである。今まで最低だったのは十数年前に諏訪湖マラソンだかの開催日に当たって、早朝から花火は上がるわ、ヘリコプターは飛び回るわで散々だったが、それでも何十匹かは釣れた。それがゼロである。レジャーセンターのドーム船だったが、団体と一般客で満員。しかし、誰も釣れていない。ドーム内は多い人で三~四匹、ドームの外側でも十匹がいい所。ドーム内の大半がボウズという惨状。昼前には団体も引き上げ、私も同行者も、一匹も釣れず正午過ぎに撤収。小さめの針、紅サシは半分に切る、赤虫も使う、横着せず誘う、柔らかい竿と一号のオモリというやるべき事はすべてやった結果だ。にもかかわらず、翌日の釣果速報では、レジャーセンターはデータ無しだったが、民宿みなとが九十八~七四〇、観光汽船が七五〇~九四〇(ダイワのサイト)となっていた。どう考えても大嘘である。

 十一月二十九日、リベンジのために諏訪湖に向かう。職場の入っているビルが電気設備点検で停電のため強制有給休暇となったので、空いている平日に行く事が出来た。今回は下諏訪側の諏訪湖旅館のドーム船に乗船。午前中は地元の団体のオバチャン達と一緒だったが、団体が引き上げた午後からは小さなドーム船が一人で貸し切り。昼まではポツリポツリ釣れる感じだったが、午後二時頃から風が強くなり波が立ち始めると爆釣モード突入。最後の二時間で稼いで二三四匹。二年ものも結構混じって満足出来る釣果だった。
 前回の沈黙は無風だったのが理由のようだ。今回も穏やかな午前中は低調だったのに、風が吹いて波が立ち始めた途端に釣れだした。波が立ち、水が動くとサカナも動き出すのだろう。
 ここ数年では最高といわれている諏訪湖だが、話半分に聞いておくべきだろう。そもそも釣果情報は、千匹釣れたと書かれていても内訳が判らない。一人で釣ったのかグループの総釣果なのか、一人何本竿を出していたのかがぼかしてある。釣具メーカーや漁協の情報と思うからいけないのであって、釣り師の話と思えばいい。

 土日に予約でいっぱいのドーム船で窮屈な思いをして、帰りの高速で渋滞に嵌るのは難行苦行だ。ワカサギ釣りは平日休みを取って行くに限る。

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2010年11月26日 (金)

世界平和大観音

 脱力スポット好きの私が淡路島まで行ったのだから、ここに行かないわけにはいかない。というわけで、渦潮観光に続いては国道二十八号線沿いにある世界平和大観音を訪問。日本中の巨大仏マニアの聖地である。
 この観音像は地元出身の実業家、奥内豊吉氏により一九八二年に建立され、五階建ての台座部分と合わせると地上百メートル。高さだけで言えば一二〇メートルの牛久大仏には及ばないものの、仙台大観音と並んで日本二位タイというものだ。多くの人が探訪レポートをウェブ上に掲載しているが、内部には大観音の展望台やご本尊の他に色々な施設があるらしい。順不同で挙げると、四国八十八ヶ所霊場めぐりの「お砂踏み」(各霊場の砂を集めて、それを踏むことによりお参りしたのと同様の功徳があるとするもの)、鎧兜や馬具が並ぶ民俗博物館、近代陶芸美術館、時計博物館、近代絵画美術館、交通博物館の他に宿泊施設を目指していたらしく宿泊部屋、食堂、土産物売り場、ラドン温泉浴場、宴会場などがあり、野外には中身はがらんどうの十重の塔、自由の女神像、D五一型蒸気機関車、寄進者が無くてただの広場に近い五百羅漢像などがあるらしい。早い話が全国各地に点在する、金持ちが道楽で作った「オレちゃん博物館」の大規模なものである。鎧、陶器、時計、絵画、自動車など、オーナーが趣味で集めた品々を倉庫にしまっておくのも勿体ないから展示しているという例のやつである。
 一九八八年にオーナーの奥内氏は亡くなったが奥様が遺志を引き継いで営業していた。しかしその奥様も二〇〇六年に逝去し、施設は閉鎖される。以降債権者が会社更生法を申請するなど混乱し、二〇〇九年五月には世界平和大観音像検討委員会が設置されて、倒壊の危険もあるこの巨大仏の今後について検討しているという。
 もう五年早く来ていれば内部のオレちゃん博物館も観られたのだろうが、時既に遅し。でも考えようによっては取り壊されていないだけ有難いと思わなくてはいけない。生憎の雨模様だし、敷地内に勝手に入り込むのもまずいので、道路から偉容を眺めることしかできない。正面の国道側からは近すぎて、見上げる形になるので、迫力はあるが全体の容姿が判りにくい。背後に回った方が全体が見渡せる。正面からだと不細工な仏像という感じだが、背後に回ると基本構造は四角い柱で、その周りに肉付けをした造形であることが判る。だから仏像らしい曲線が少なく神々しさが出ないのだ。しかし、私は美術品や信仰対象としての仏像には毛ほども興味がないので、かえってこの安っぽい造形が美しく感じられる。むち打ちのギプスと揶揄される襟巻き部分の動物園の檻のような展望台も、美感を損なうどころかオーナーのサービス精神が感じられる。
 土台のビルも仏像本体も、潮風をもろに受ける立地条件のせいか、築三十年弱にしては老朽化が進んでいるようだ。倒壊の危険も囁かれるので予断は許さない。巨大仏、及び脱力スポット好きならば今の内に訪れておきたい場所である。

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うずしおクルーズ

咸臨丸(ジョイポート南淡路、三八四総噸、全長四九、四メートル)

 和歌山港のフェリー乗り場で一晩を明かし、5時50分の徳島行きに乗船。徳島からは鳴門海峡へ向かう。
 鳴門側から海峡に向かうと、まごまごしている内に有料駐車場に追い込まれる構造になっている。私はこの手の観光地が大嫌いなので、駐車場のオッサン達の目の前でクルマを切り返して逃亡。大鳴門橋を渡って淡路島側から海峡へ向かう。こちらは何と道の駅になっており、駐車場も展望台も無料だ。ただし、鳴門側は渦潮の真上に展望台があるようなので、眺めとしては向こうが上である。
 それから福良港へ向かい、渦潮見物の遊覧船に乗る。渦潮遊覧船は三社(徳島側に二社、淡路側に一社)あり、ネットの評判などでは小型船のうずしお汽船(徳島)や、水中を観察できる鳴門観光汽船(徳島)が良さそうだが、私は迷わずジョイポート南淡路を選んだ。理由は単純。アプローチが長く乗船時間が長いからである。この日(十一月二十二日)の渦潮が最大になる時刻は12時30分前後ということだったので、12時10分発の咸臨丸に乗船。勝海舟の咸臨丸を復元したという触れ込みだが、単に普通の遊覧船に飾りのマストを三本立てた船だ。全く子供騙しの姿だが、脳内で余計な飾りを外して見ると、小型の可愛らしい客船である。青年教師に引率された小学校低学年らしき集団が乗り合わせて船内は賑やかだ。中には乳母車(昔風の風呂桶みたいなもの)に毛並みのいい高価そうな猫二匹を乗せた馬鹿夫婦なども乗っており、渦潮より猫に興味のある小学生などもいて大騒ぎである。
 大潮の日に最良の時刻を選んで行っただけのことはあり、渦潮の迫力は満点であった。巨大な川のような流れに大きな渦が発生している自然の迫力も物凄いが、三社四隻の観光船と個人のクルーザーなどが入り乱れている様は、船好きにとってはジェットコースターよりずっとハラハラドキドキさせられる。私が乗った咸臨丸はその中でも最大の船体なので、渦潮の神秘と操船の妙を堪能する事が出来た。

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谷瀬の吊り橋

 バス専用道路に続いて谷瀬の吊り橋に行ってみた。
 谷瀬の吊り橋は奈良県吉野郡十津川村にある十津川に架かる人道の吊り橋だ。日本中に人道吊り橋は沢山あるが、長さ二九七、七メートル、高さ五十四メートルは、長さでは日本五位、高さでは三位(多分)という規模だ。しかし、近年架橋された吊り橋は、歩道部分がコンクリートやグレーチング(排水溝の蓋のような鉄の網)なのに対し、ここは中央が板張りで両脇は針金の網という構造で、大変スリルがあって面白いらしい。
 日曜日の午前中で紅葉時期ということもあり、相当混雑しているかと思ったのだが、実際現地に行ってみると、バスの観光客が来ると一気に賑やかになるが、それ以外は家族連れや個人の観光客が一組また一組と渡っている程度だ。そしてこの橋は元々生活道路なので渡橋料は取られない。「観光客の二輪車での乗り入れ禁止」の注意書きがあるのは、郵便配達員が郵便バイクで渡るかららしい。
 渡り始めると結構揺れて面白い。特にリズム良く歩く人の歩調に合わせて橋が蛇行するように揺れるので、結構足元をすくわれる感じでよろける。下の河原までは高さが五十メートルもあるので、見下ろしてもそれほど恐怖感はない。見渡したところ怖くて身動きが出来なくなっている人は見受けられなかった。何かで人間が一番恐怖を感じる高さは十メートル位だと読んだことがある。何十メートルもの高さになると、現実味が薄れて恐怖心が薄れるのかも知れない。感覚的には祖谷のかずら橋の方が恐怖感があった。
 後で調べたら、十津川にはこの他にも結構いい吊り橋があったようだ。良く下調べをせずに思いつきで出かけてしまったので見落としてしまったのは残念だ。
 谷瀬の吊り橋から紀伊半島を縦断して新宮へ出た。そこから国道四十二号線を辿って紀伊半島を半周する。翌日は鳴門の渦潮を見に行くつもりなのだが、クルマ移動は時間が読めない。途中瀞峡、熊野大社、潮岬、南紀白浜など、寄ってみたい観光地はあるのだが、ちょいと立ち寄るだけでは勿体ない所ばかりだ。車窓から眺めて素通りする。

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五新線バス専用道

奈良交通バス五条西吉野線

 クルマに寝袋を積んで関西方面に行ってきた。
 まず最初に行ったのは奈良県五條市にある奈良交通バスの五条西吉野線。鉄道好きには五新線ないし阪本線の専用道バスと言った方が通りがいいだろう。経緯はあちこちに書かれているので省略するが、およそ九キロの鉄道未成線跡を利用したバス専用道路だ。
 一九六五年から国鉄バスの運行が始まり、JR西日本に移管されて、二〇〇三年十月からは地元自治体が奈良交通に運行を委託する形で運行されている。運行開始当時は続行でバスが発車していったらしいが、何処も同じ過疎とモータリゼーションで、現在は平日五往復、土日祝日は一往復のみの運行である。
 日曜日だったので、たった一本の五条駅前6時52分発の専用道城戸行きに乗車。始発は五條バスセンターだが、五条駅前までは乗客ゼロ。五条駅前からは私を含め三人の乗客だ。しかし、私以外は専用道に入る前に降りてしまい、専用道区間は私一人の貸切である。
 廃線跡のバス専用道は福島県の白棚線で乗ったことがあるが、単線分の軌道敷が緩く曲線を描いている上を走っていくのは気持ちがいいものだ。五條は柿の産地として有名だが、専用道の両側には柿畑が広がっており、紅葉の山々と黄金色の柿の実が見事だ。残念ながらどんより曇った天候だったが、日が差したらさぞかし絶景だったであろう。
 終点の専用道城戸で、折り返し乗車する旨運転士に告げる。往路は黙っていた運転士が、バス専用道や沿線のことについて色々解説をしてくれる。やはり全国から乗りに来る物好きは多いらしく、動画サイトに自分の案内の声入りで全面眺望の動画がアップされているとのことだ。専用道城戸からの乗車は一人。途中から三~四人の乗車があった。運転士によれば、平日は五條高校(分校?)の生徒が通学に使うので、スクールバスのような状態だが、休日は殆ど乗客がいないらしい。気になった専用道の維持費について聞いてみると、やはり道路は市が維持管理しており、シルバー人材センターの人たちが草刈りをしたりしているのだそうだ。一般道として開放できない(長い橋梁やトンネル部では自動車同士のすれ違いが出来ないから)のでバス路線も細々と維持せざるを得ないというのが実情らしい。
 専用道を走るバスというのは私のような鉄道好きにとっては面白いが、日常的に利用する立場からすると集落から遠い所を通っていて不便だ。実際平行する国道には専用道よりずっと沢山のバスが走っており、こまめに集落に停車していく。
専用道の集落に近い区間は地元のクルマが結構入り込んで生活道路化しているらしいので、今更自動車を封鎖して自転車道にも出来まい。何だか将来の見込みが立たず、今後も現状維持で細々と継続されていくのだろうか。

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2010年11月10日 (水)

中央線高架化工事

 先週の土日(十一月六、七日)に中央線西国分寺~立川間の上り線線路が、仮線から高架に切り替えられた。これで三鷹~立川間の高架化工事が終了したとテレビのニュースなどでも取り上げられていた。
 先月には長年馴染んだ二〇一系が運用から外れたばかり。やっと中央線の近代化が実感できる形が近づいてきたようだ。
 一番最初の三鷹~国分寺間の上り線を仮線に切り替える工事の時は、設計ミスなどで昼過ぎまで運休となるというJR開闢以来の大チョンボもあったが、順に地平線~仮線~高架線と切り替えていき、大きな線路の切替はこれが最後だ。
 運転席の後ろに立って線路を観察すると、もう二箇所配線工事をしている。武蔵小金井駅は現在JR型(片面ホームと島式ホームの一面半で、上下線の間に中線がある形)だが、北側にもう一本線路を敷いて二面四線の構造にするようだ。また、国立駅は現在対向ホームの二面二線だが、北側にもう一本線路を敷いてJR型とし、恐らく中線から真っ直ぐ武蔵野連絡線に進入する配線になるように見受けられる。これらの配線が完成すると、高架化前には出来なかった東小金井での待避、武蔵小金井での上下線同時待避、国立での待避が可能になるので、列車ダイヤにも自由度が増すものと思われる。特に国立駅に中線が出来ることで、武蔵野線直通ダイヤが増えるのではないかと期待してしまう。
 一方、現在既にネックとなっている、新宿(中野)~三鷹間で待避が出来ない、立川駅下り線で中央線・青梅線方向へ同時発車が出来ない、という点が解消されなければ抜本的な改良にはならないので、思ったほど変わらないという予測も出来る。立川駅の配線は出来なくはないと思うが、新宿(中野)~三鷹間の待避問題は難しい。青梅街道の跨線橋を地下化して、快速線を高架化し二面四線化すれば劇的に変わるだろうが、費用がどれほどかかるのか見当もつかない。それに、これらの改良は「開かずの踏切の解消」などと言う理由ではなく、鉄道側の事情と考えられる部分が多いので、国や自治体も金を出しにくいだろう。
 わずかここ二十年ほどの間に、新宿駅、八王子駅の配線変更なども含めて中央線の姿も大きく変わった。二〇一系の代替で導入されると言われたACトレイン、スーパーあずさの五編成だけで終わってしまった振り子式(車体傾斜式)特急車両など、沙汰止みになってしまった技術などもあった。JR東日本も中央線のスピードアップには執心でない様子だし、三鷹~立川間の複々線化というのも実現は難しそうである。御茶ノ水駅のバリアフリー化工事が始まるという報道もあるが、あの狭小な用地に二面四線を確保し、かつ朝夜と昼間で運行系統が変わるという、今現在でも先人の知恵の結晶のような構造と運用の御茶ノ水駅に、バリアフリー設備をどのように組み込んでいくのだろうか。
 中央線沿線に生まれ育って四十年以上になるが、一番身近で一番好きな路線が今後もゆっくりと変わっていくのを楽しみにしている。

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2010年11月 1日 (月)

アクアマリンふくしま

 ふくしま海洋科学館

 土曜日にアジ釣りに行く予定で釣り船を予約していたのだが、台風の接近で出船せず。代わりに以前から行きたいと思っていた福島県にある水族館「アクアマリンふくしま」(正式名称、ふくしま海洋科学館)へ行ってきた。
 以前から行きたいと思っていた理由は一点のみ、「泳いでいるサンマが見られる」ということである。世界中でもサンマの飼育に成功しているのはここだけである。イワシやアジのように、食材としても生きている姿もお馴染みの魚と違い、あんなにしょっちゅう食べているのに泳いでいる姿は見たことがない。サンマ好きとしては是が非でも見ておきたいと思っていたのだ。
 丁度去年の今頃は、世界で初めてバショウカジキの飼育が行われており、もう一つ見たい物があったのだが、残念ながら二ヶ月半ほどで死んでしまったので、そのままになっていたのだった。

 実際に行ってみた印象は、建物は派手だが展示内容は地味。ただし、良い意味の地味である。イルカショーなどのエンターテインメント要素は全くなく、様々な魚類などを出来る限り自然な状態で見せようという姿勢が感じられる。そして、従来の水族館では考えられないようなコーナーがある。
 一つは「釣り堀」。園内の釣り堀で釣り上げた魚を、その場で調理して食べられるコーナーだ。マス釣り場のようだが、これが水族館にあるということは意義がある。人間と魚との最も強い結びつきである、捕獲して食べるという関係を、実際に体験できる。水族館を見ていると、魚を鑑賞する物として認識してしまいがちだ。しかし、捕らえて食すという最も原始的な体験が、その綺麗事の認識を打ち破る。
 もう一つは子供向け体験コーナー「アクアマリンえっぐ」の一角にある「生と死」のコーナー。発眼卵が動いているのを見せたりするコーナーの中で、アクリルケースに入ってはいるが、ウシガエルの死骸が微生物に分解されつつある様子が展示されている。これには大変感心した。私のような、森で遊んだ昭和の子供たちは、小動物の死骸が朽ち果てていく姿などはよく見ていた。そして学校の授業で、生命の連鎖のことも学んだ。しかし、改めてこのように見せられると、途切れることのない生命の連鎖について改めて認識し直した。

 サーカスのような楽しい水族館もいいが、このように真面目な水族館があることは、大変素晴らしいことだと思う。理想を掲げるのは簡単だが、実践していく上では相当な困難があるだろう。釣った魚を料理するのを「残酷だ」という親や、ウシガエルの死骸を「気持ち悪い」と子供に見せまいとする親ばかりではないかという意見もあっただろう。残酷といわれても、気持ち悪いと言われても、それが現実なんだから見て欲しいという、水族館のスタッフたちの思いがひしひしと伝わってきた。
 幼児連れではトドとセイウチのコーナーくらいしか喜ばれないかも知れないが、小学校高学年以上の子供たちが、楽しさの中で大切なことを真面目に学ぶことが出来る素晴らしい施設である。世界でここでしか見られない泳ぐサンマとメヒカリの姿。世界で二例目の泳ぐシーラカンスの映像も貴重だ。目玉になりそうだったバショウカジキが死んでしまったのは残念だが、是非この路線を継続して硬派な水族館であり続けて欲しい。間違いなく私にとっては今までで最も満足度の高い水族館であった。

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