シンフォニア・タプカーラ
伊福部昭/シンフォニア・タプカーラ(一九五四/一九七九改訂)
伊福部昭という作曲家を知ったのは中学生の時、外山雄三指揮のNHK交響楽団が「交響譚詩」を演奏しているのをテレビで見て、第二楽章の旋律が和田薫の「吹奏楽のための土俗的舞曲」(吹奏楽コンクール課題曲)にそっくりだと思ったのが始まりだった。その後、山田一雄指揮新星日本交響楽団の演奏会によく通ったので、サロメ(改訂版初演)、日本狂詩曲、ラウダコンチェルタータなどを生で聴く機会に恵まれ、すっかり伊福部ファンになった。中でも一番好きな曲がシンフォニア・タプカーラだ。この曲は伊福部の持ち味である土俗的色彩と西洋の管絃楽法が、いい塩梅に折衷されている。演奏会で取り上げられる機会も多く、録音も多く残されているので、現代の曲にしては聴き比べが出来るのも有難い。
というわけで、取り敢えず手に入りそうな音源は全て入手したので、改めて聴き比べてみた。
①芥川也寸志指揮/新交響楽団(一九八〇年四月六日東京文化会館)
新交響楽団第八十七回演奏会「日本の交響作品展-4 伊福部昭」実況録音
改訂版初演の実況録音。新響もまだ下手で、絃の音程などは不揃いだが、聴いている内に気にならなくなる。アマチュアらしく念入りな練習で音楽が細かいところまで練られており、初演とは思えない完成度の高さだ。終楽章などはもっとライヴらしく盛り上げることも可能と思うが、表面的な派手さに陥らず全ての音符をしっかり鳴らせており、絃が近く管が遠い録音も相まって、骨太で芯の強い音楽になっている。外連に走らずじっくり聴かせつつも、じわじわと温度が上がっていく演奏。初演なのによくこれだけの演奏をしたものだと思う。新録音が幾つ出たとしても色褪せない、この曲の基準となる演奏だ。なお、この録音は一九八〇年にLPで発売されたきりだが、是非CD化して欲しいものだ。
②手塚幸紀指揮/東京交響楽団(一九八四年二月二十一日簡易保険ホール)
「伊福部昭個展―北日本列島の歌―」実況録音
高校生の頃に外山雄三の「ラプソディー」が聴きたくて買ったCD。私が初めて聴いたタプカーラだ。奇をてらわない手堅い演奏で、雰囲気に乏しいが明瞭な録音で、曲の細部までよく解る演奏だ。第三楽章後半もテンポを煽ったりせず、木管金管の細かい動きなどがよく聞き取れる。タプカーラ入門には最適の演奏だったと思うが、他の色々な演奏を聴いてから聴き直しても、優れた演奏であることを再確認した。
③芥川也寸志指揮/新交響楽団(一九八七年一月二十五日サントリーホール)
新交響楽団第一一四回演奏会実況録音
初演のコンビによる七年後の再演。初演の時と基本的な解釈はには変わらないが、新響の技術が向上している分演奏自体はこちらの方が上だ。しかし、残念なことに録音がひどくて演奏の良さが伝わってこない。客席から隠し録りしたような遠い音像で、ソロは遠くトゥッティは混濁。これで演奏が平凡だったら金返せと言いたくなる。新響が初めてサントリーホールで開催した演奏会なので、録音したフォンテックも不慣れだったのだろう。
④金洪才指揮/大阪シンフォニカー(一九八七年九月十三日伊丹市文化会館)
「伊福部昭 映画音楽とクラシックの夕べ」実況録音
とにかくオケが下手である。大阪シンフォニカー(現大阪交響楽団)は当時から一応プロオケのはずだが、同じ頃の新響より明らかに下手だ。ただし、下手だからダメな演奏かというとそうでもなく、何やら妙に味わいを感じてしまう。伊福部の音楽自体がオーケストラの機能を発揮するタイプの音楽でなく、土の臭いのするようなものだからであろうか。以前アマオケでベルリオーズの幻想交響曲を聴いた時、羊飼いの笛の音がひょろひょろだった時に感じた、もしかするとこれが正しいのかな?という感じに似ている。第三楽章もオケが下手でテンポを煽れない上にオケの音が薄いので、変に見通しの良い演奏になっている。ファーストチョイスには向かないが面白い演奏である。
⑤井上道義指揮/新日本フィルハーモニー交響楽団(一九九一年九月十七日サントリーホール)
サントリー音楽財団「作曲家の個展」実況録音
日本組曲の管絃楽版初演と同じ日の演奏。悪くはないのだが印象の薄い演奏だ。第一楽章のコーダでテンポを煽って打楽器を強打する所などはいい感じだし、第三楽章も同様に頑張っているのだが、何故だか迫ってこない。指揮者もオケも曲に対する共感が薄く、表面だけ表情を付けているように感じられる。
⑥石井真木指揮/新星日本交響楽団(一九九一年十二月十三日府中の森芸術劇場どりーむホール)
伊福部昭喜寿記念コンサート「伊福部昭の世界」実況録音
私の記憶が間違っていなければ、山田一雄が指揮する予定だった演奏会。ヤマカズのタプカーラが実現しなかったのは痛恨の極みだ。
曲に対する慈しむような愛情を感じさせる演奏だ。伊福部の愛弟子である指揮者が、深く共感しながらこの曲に対峙しているのが判る。また、伊福部作品には新響に次いで実績のある新星日響も深い共感をもって演奏しており、大変感動的だ。速いテンポの部分では決して雑にならず丁寧に、ゆっくりな部分では思い入れたっぷりに歌い上げる。外連やハッタリは一切無く、変わったことはしていないが、とても充実した音楽になっている。石井真木は指揮者としては素人なので、時にオケが揃わなかったりする部分も見られるが、そんな些細なことはどうでもいい。録音時期の近い井上盤のやっつけ感満載の演奏などとは別次元である。録音も分離がよく細かいパートも聴き取りやすい。残響過多でないのも曲に合っている。総合的に見て、この曲のベスト演奏と言って差し支えないかも知れない。
⑦原田幸一郎指揮/新交響楽団(一九九四年十月十日東京芸術劇場)
新交響楽団第一四五回演奏会(伊福部昭傘寿記念)実況録音
私が初めて生で聴いたシンフォニア・タプカーラ。その割に実演の印象が薄い。
録音で聴いても悪い演奏ではないのだが存在感の薄い演奏だ。特に第一楽章が盛り上がらず、お座なりな演奏という感じ。第二楽章は普通で、オーボエのとちりが目立つ程度。第三楽章は巻き返して熱っぽくなってくるが、これは指揮者ではなくオケが抑えきれなくなった感じがする。新響の演奏なので最後にやや救われているが、そうでなければ箸にも棒にもかからない。新響が確実に上達していることを確認する一枚。
⑧広上淳一指揮/日本フィルハーモニー交響楽団(一九九五年八月二二日~九月一日セシオン杉並)
キングレコードによるスタジオ録音
伊福部昭本人監修の下で行われたスタジオ録音。このセッションでの広上の指揮ぶりは、第一に曲の素晴らしさを伝えるべく、自己主張を抑えた大変真摯な姿勢で臨んでおり実に立派だ。初めて聴いたときにはライヴ録音に慣れているせいで、盛り上がらない演奏という印象を持ってしまったが、聴き込めば聴き込むほど良く考えられている。スコアを見ながら聴くと、本当に細部まで気を遣って演奏していることがよく解る。熱狂的な演奏ではないので、ファーストチョイスには不向きかも知れないが、この曲を愛する者は絶対持っているべき一枚。
なお、一九九八年一月一七日に生で聴いたこのコンビのタプカーラは、実演らしく熱狂的な演奏であった。
⑨石井真木指揮/新交響楽団(二〇〇二年五月十九日紀尾井ホール)
「伊福部昭米寿記念演奏会」実況録音
この演奏も客席で聴いているが、当時は会場の選択ミスという印象が強かった。トゥッティになると音が飽和してしまい、何をやっているのか判らない感じだったと記憶している。
録音で聴くとそれほどでもないが、低音が飽和気味な上に金管が遠く、分離が悪い。演奏自体はとてもいい。石井の指揮は十年前の旧盤よりも練れており、新響も腕が上がって相乗効果になっている。その分旧盤よりスマートになってしまい、土俗的な素朴さが薄まってしまったように感じるが、そこまで求めるのは贅沢だろう。録音さえもう少し良ければ旧盤と並ぶ演奏と言えるだろう。
⑩本名徹次指揮/日本フィルハーモニー交響楽団(二〇〇四年五月三十一日サントリーホール)
「伊福部昭卒寿を祝うバースデイ・コンサート」実況録音(第三楽章のみ、アンコール演奏)
客席で聴いた演奏。あまりのテンポの速さに初めは唖然、次第に腹が立ってきた。演奏が終わってすぐに、指揮者がオーケストラに向かって「ごめんなさいっ!」というゼスチャーをしたのを見て、「アンコールだから調子に乗って煽り過ぎちゃったんだな」と理解し、「まあアンコールだから仕方がないか」と思った。恐らく伊福部本人が最後に聴いたタプカーラだったと思われるのが、返す返すも残念である。
⑪ドミトリ・ヤブロンスキー指揮/ロシア・フィルハーモニー管絃楽団(二〇〇四年九月ロシア国営放送スタジオ)
ナクソスによるスタジオ録音
初めて耳にした日本人でない演奏者によるタプカーラ。初めて聞いた時は、初稿の初演(ファビエン・セヴィツキー指揮インディアナポリス交響楽団)もこんな感じだったのかと思わせるような珍妙な演奏と感じた。しかし、よく考えると楽譜というものにはこの程度の伝達力しかなく、何の先入観もなく楽譜だけと向き合うとこのような演奏になるということが判る。勿論、ロシア・フィルの演奏はヴァイオリンのソロが明らかに譜読みが出来ていないようなやっつけ演奏ではあるが、この曲を愛するものにとっては必聴の演奏だ。古今の名曲はこのように全く縁もゆかりもない所で色々に演奏される事によって、様々な表現が試みられるうちに慣用的な表現が出来上がっていくものだ。日本の指揮者が海外オケに客演した時に演奏し、そのオケが地元の指揮者で再演するような繋がりによって、日本の名曲から世界の名曲へ広がっていくのだ。
ロシア・フィルはこのナクソスの「日本作曲家選輯」シリーズで頻繁に使われているので、恐らく地元の演奏会で取り上げられはしていないだろうが、このような外国勢による演奏機会が増えることにより、この曲の表現の幅が拡がっていくことを期待したい。
⑫本名徹次指揮/日本フィルハーモニー交響楽団(二〇〇七年三月四日サントリーホール)
「第一回伊福部昭音楽祭」実況録音
前回はアンコールだったので酷い演奏も仕方がないと思ったが、今回はメインプロ。第一楽章は中間部分が異常に遅い。テンポを遅くすることによって深みを出そうとしているのかも知れないのだが、結果はもたれるばかり。第二楽章は何もやりようが無かったらしく平凡な演奏。名誉挽回の第三楽章は、まさかの前回と同じ(もしくは更に速い!?)テンポ。ということは前回は失敗ではなかったのか。それとも結果オーライで今回もということになったのか。後半部からは馬鹿の一つ覚えのようにテンポを煽りまくる。曲の良さが全て消し飛んで、単なるサーカスである。幸か不幸か日本フィルもこのテンポに何とか破綻せずについていく。終わった瞬間盛大なブラヴォーの声が上がるが、私は客席で憮然としていたのを覚えている。フルヴェン・マニアの中学生が指揮したように、上っ面だけを煽るから、オーケストラが共感していない。広上が同じ曲を実演で振った時はあんな素晴らしい演奏だったのに、浅はかな指揮者が振ると同じ曲同じオケでもこんな酷い演奏になるという見本か。
この他にも録音があるのかも知れないが、市販されており入手可能なものは以上と思われる。出来ることならば初稿の録音が聴いてみたい。初演の録音が伊福部家に残っているはずだが、伊福部本人が気に入ってなかった様子なので、日の目を見ることはないかも知れない。
私個人の評価として、ベスト盤は①芥川と⑥石井だが、ファーストチョイスには⑥。次点が②手塚。そしてこの曲が好きになったら⑤広上。もっと深く知りたくなったら⑪ヤブロンスキーを薦めたい。
(八月五日追記)
本文で触れている、改訂版初演の録音①が、八月三日にフォンテックからCD化された。CD二枚組でその他の既CD化音源ばかりであるが、この一曲のためだけでも十分に買う価値があると思う。近頃はプレス枚数が少なく、ボンヤリしてるとすぐ廃盤になってしまうので、今のうちに買っておくべきだろう。
早速入手して、改めて聴き直してみた。音質については、元々飽和気味の録音なので、CD化によって音質は改善されていないが、経年による劣化も感じない。演奏は改めてすばらしいと感じるが、繰り返し聴くとどうしてもアラが目立ってしまう。晩酌用の焼酎ではなく、特別な日に飲むプレミアもののワインのようなCDにしたい。
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