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2011年8月 2日 (火)

前島良雄「マーラー 輝かしい日々と断ち切られた未来」(アルファベータ二〇一一)

 新聞の広告を見て購入。価格を見てかなり躊躇したが、この手の本は文庫になったりはしないだろうと思い決断。三千円に近い本を買ったのは久しぶりだ。

 マーラに関する書籍やレコードの解説を読むと、マーラーの人物像がある一定のイメージで固まってくる。天才作曲家、指揮者でありながら協調出来ない性格が故に周囲とは常にトラブルを起こし、やっと手に入れたポストも周囲との軋轢で追われ、曲も理解されることがなかった。兄弟を早く亡くしたせいで常に死の恐怖に付きまとわれ、特に晩年は心臓疾患の悪化により、作品には濃い死の影が感じられる。生前は理解されることの無かった孤高の天才で、いずれ自分が評価されることを予言して死んでいった。簡単に書けばこんな調子である。私も中学生の頃から孤高の天才マーラーという人物像を疑うことなく信じてきた。
 しかし、筆者はそのようなイメージを払拭し、マーラーの実像に迫る。諸悪の根源は妻アルマ・マーラーの回想手記(未読)であり、その記述を無批判に様々な文章が引いたため、アルマの作ったマーラー像が一人歩きをしたのだ。有名人の未亡人というものは、その未亡人期間が長くなるほど亡夫の記憶を自分に都合良く取捨選択(時に捏造)する傾向があるようで、アルマの手記は、自分を孤高の天才を健気に支えた妻という位置に置きたいが為に、事実を歪曲し、エピソードを捏造している部分が多く見受けられるようだ。
 この本を読み終わると、当時作曲家としても指揮者としても第一人者で、楽壇の頂点に君臨したマーラーという正しい姿が見えてくる。指揮者としては三十代からヴィーン宮廷歌劇場の総監督、ヴィーン・フィル常任指揮者、メトロポリタン歌劇場指揮者、ニューヨーク・フィル常任指揮者という輝かしいポストを歴任た他、各地から客演の要請も多く、ヴィーン宮廷歌劇場では他に客演ばかりしているという批判が高まって辞任の要因になった。作曲家としては、自作曲はあちこちで演奏され、他の指揮者にも何度も取り上げられている。客演したオケでは、次回は自作の演奏をという要望が多かった。しかし、晩年まで多忙な演奏活動を積極的にこなしていたが、感染性の病に冒されて本人も予期しない死を迎える。確かに齢五十にして、欧米の最高のオペラハウスとオケのシェフを務め、作曲家としても売れっ子だったマーラーに、孤高の人というイメージはそぐわない。我々は初めてマーラーの実像を知らされたような気がする。
 大変よく調べてあり、マーラーが好きな人にとっては目から鱗が落ちるような一冊だ。この手の評伝では、翻訳の下手さに呆れることが結構あるので、最初から日本語で書かれているのは有難い。それにしても、主に書簡などが資料となる本書の執筆を、外国人である日本人の著者が書いたということは、語学が苦手な私のような人間にとっては信じられない偉業だ。著者への経緯を込めて、マーラーが好きだったら税込み二七五〇円は全然高くないと思う。

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