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2012年5月 6日 (日)

国立マーラー楽友協会演奏会

国立マーラー楽友協会二〇回&初演一〇〇年記念演奏会「おとなマラ九」

二〇一二年五月六日(日)十四時 一橋大学兼松講堂

マーラー/交響曲第九番ニ長調

管絃楽/国立マーラー楽友協会管弦楽団
指揮/齊藤栄一

 マーラーの交響曲第九番だけを演奏し続けているというアマチュアオーケストラがあると数年前に知った。連休の最終日に演奏会があるらしいので、雨で釣りが沙汰止みになって退屈していたのを幸いに聴きに行ってみた。
 この国立マーラー楽友協会なるものの実体はよく判らないが、プログラムを読んだところ、一橋大の学生オケとそのOBを中心にしたアマチュアオーケストラ、水星交響楽団のメンバーが中心となって、マーラーの交響曲第九番を演奏するために組織されているようだ。
 兼松講堂まで行ってみるとそれらしき表示もなく、本当に演奏会があるのか不安になる。中に入ると舞台上やあちこちで楽員がさらっており、雑然としているものの確かに演奏会がありそうだ。入り口近くに山積みにされたプログラム冊子を取って席に着く。

 トライアングルのトレモロによる開演ベルが鳴って、地味な普段着を着た楽員たちが舞台上に揃う。ヴァイオリンを対向配置にしてチェロバスは上手側、打楽器とハープは下手側。絃の人数は数えたところ七ー八ー六ー八-七くらいで、低音側が厚い(というより高音側が薄い)編成だ。
 ロビーで子供が泣いている声と共に演奏が始まる。アマオケにして悪くない演奏だ。どうしたって、落っこちや綻びがあるのは仕方ない。技術的なミスは多いのだが、演奏にかける意気込みのようなものが伝わってきて、気にならなくなってくる。指揮者も判りやすい棒を心がけてはいるが、音楽自体は安全運転ではなく、思い切ったテンポの動きなどもあり、退屈しない音楽作りだ。アマチュアオケだからといって、演奏のレヴェルに表現を合わせてしまう指揮者もいるが、それは間違いだ。この指揮者とオケは、マーラーの九番が好きでたまらないのだろう。技術的には届いていないが、彼等の目指すものが聴き手の脳内で補正されて鳴っているような気がした。第二楽章の最後では、たどたどしい管楽器の掛け合いがかえって面白かったが、流石に主旋律が落っこちると何だか判らない。容赦なくテンポを煽った第三楽章のコーダは、脱落者が続出して先頭集団だけが何とかゴールインした感じだったが、スリル満点で面白かった。ここでテンポを妥協しなかった指揮者と、死屍累々ながらもついていったオケに拍手。第四楽章はやはり厳しい。絃主体の音楽だけに、人数の薄さと、これはどこのアマオケでも抱える問題だが、ヴィオラの非力さが致命的だ。しかし、プロオケでも十六型は欲しいこの曲を第一ヴァイオリン七人(推定)でよくぞ弾ききったと思う。アマチュアだから音程が怪しかったり、最後の最弱音になるとボロが出てしまうのは仕方がないと思う。それでも何でも弾ききるんだという意志が音楽に宿って、上手ではないが感動的な音楽になっていた。コーダの最弱音に差し掛かると、遠くから雷鳴が聞こえ、マラ九なんだか幻想交響曲なんだかよく判らなかったのもご愛敬だろう。

 近年はアマオケを聴いても、技術的に水準が上がったせいで、そつない演奏を聴かされてがっかりすることが多かったが、この演奏会は久々にアマオケがしゃかりきになって演奏している熱さを感じることが出来た。それにしても、客席の入りは三十人程度。舞台上の半分も入っていなかった。チラシすら作っていない様子で、自分たちが演奏を楽しめればいいということだろうか。せっかくこんな熱くて面白い演奏をしているのだから、もう少し広報すればいいのに。この曲を愛する者にとっては、プロオケのやっつけ仕事より何倍も興味深く面白い演奏会だった。

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