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2012年8月 1日 (水)

ヤマカズのブラ二

ブラームス/交響曲第二番ニ長調作品七十三

管絃楽/新日本フィルハーモニー交響楽団
指揮/山田一雄

一九七八年五月七日 藤沢市民会館
「山田一雄の世界」第一回<ブラームスの夕べ>実況録音

山野楽器(イーストワールド)/YMCD-一〇五一(一九九七年)

 今年は、指揮者山田一雄(以下ヤマカズ)の生誕百周年に当たるが、世話になったはずの国内各オーケストラ(N響、群響、京響、新星日響・東フィル、アマチュアの新響)に何の動きもなく、神奈川フィルと日本合唱協会だけがメモリアルコンサートを行うようである。
 その一方で、ここ数年ヤマカズの音源の発掘で実績を上げているタワーレコードから二枚のCDが発売される。何れも一九七八年から七九年にかけて行われた、藤沢市民会館開館十周年記念事業「山田一雄の世界」全四夜からの実況録音。第一夜「ブラームスの夕べ」から交響曲第二番、第三夜「モーツァルトの夕べ」からセレナータ・ノットゥルナ他。モーツァルトの方は初出音源だが、ブラームスの方は一九九七年に山野楽器からCD化された音源だ。
 私はこのブラ二の再発盤がどんな音質になっているかが気になって仕方がないのである。ネットで検索してもその手の記述が見当たらないが、私見では山野楽器盤のCDは欠陥商品ではなかったかと思う。

 演奏自体はヤマカズらしい草書のブラームスだが、オーケストラの音色が実に柔らかく、鋭角的な所が皆無。打点の無いヤマカズの棒が空中に描く図形のとおりのイメージなのだ。ライナーノーツでも宇野功芳が「その音色は霞がかかったように幻想的であり」「曲が進んでもヴァイオリンの音はいつもファンタスティックで現実感を伴わず」「リズムをきっちりと合わせず、ざわめきのような音楽にしている」と表している。
 ところが、この録音をヘッドフォンで聴くと判るのだが、結論としてステレオ左右チャンネルの音が微妙にずれているのではないかと感じるのだ。当該盤をお持ちの方は是非密閉型ヘッドフォンで聴いてみて欲しい。左から聞こえるはずの第一ヴァイオリンの音まで、全て右側に寄って聞こえるのだ。特にティンパニやトランペットのように、音の出始めがはっきりしている楽器にその傾向が強い。しかし、全体の音が右に寄っている気がするのに、音量計を見ると右チャンネルの音量が高いわけではない。終楽章などでティンパニが強くリズムを刻む部分になると、ダンダンダンというリズムが右から左に駆け抜けていくように聞こえる。あるいは舞台に対して真横を向いて聴いているような聴感だ。これは恐らく左チャンネルが右チャンネルより何十分の一秒か遅れているのだろう。

 一九六〇年代にステレオ録音が一般化した時、モノ録音を疑似ステレオ化するのが流行ったことがある(本ブログ「ホラ吹き節の謎」二〇〇八年一〇月参照)が、幾つかある疑似ステレオ化の方法の一つがモノ録音を左右二チャンネルに分け、その一方を〇、〇五秒程度遅らせるというものだ。また、PA(パブリック・アドレス、公衆伝達)の世界では、音量を変えずに定位を動かすために用いられるディレイという技術がある。大きな会場で拡声をする場合、舞台の額縁のスピーカーより天井のスピーカーの音を遅らせる事により、演者は舞台で歌っているのに声は天井から聞こえる違和感を解消出来るという。

 図らずもこのCDは、ステレオの音源に対し疑似ステレオ加工、もしくはディレイ操作をしたことになり、本来の録音が持っていた定位(聴感上の音の出どころ)を全く失ってしまっている。それだけでなく、左右チャンネルのズレによって、音の頭がみな不明瞭というひどい結果であり、本来ならばリコールものの大チョンボだと思う。

 この度再発されるタワーレコード盤は、録音を担当したエンジニア、相澤昭八郎氏所有の元テープから念入りにリマスタリングするという事なので、まさか山野楽器盤のような事はないだろう。左右チャンネルがずれていない正しい状態で聴き直した時に、捕らえどころの無いふわふわしたような演奏のイメージが、全く別のものに変わってしまうのではないか。再発盤がどんな音になっているのかが楽しみで仕方ない。

(追記一)「実験」

 気になり出すと止まらない性格故、再発盤が出る前に確認してみた。
 パソコンでWAV形式で取り込んでから、SoundEngine Freeというフリーソフトで展開する。波形データを見ると明らかに音の立ち上がりが右チャンネル先行になっている。波形データと聴感を両方考慮しながら、右チャンネルにディレイをかける。一九七八年当時だとオーケストラの配置は、絃はストコフスキー・シフト(左に高音、右に低音)で、木管は今と同じ。しかし、ティンパニと金管の並びはオケと会場によるので決められない。一番判りやすいティンパニが中央を定位させると全体の音像がやや左に寄るような気がする。試行錯誤の末、右チャンネルを〇、〇七二秒遅延させると全体のバランスがよく、ティンパニは舞台の右奥に定位する感じになった。
 この加工によりヴァイオリンの霞んだような音色は無くなり、全体的により力強い演奏という印象に変化した。
 まさか再発盤が山野楽器盤のコピーということはないだろうから、発売されれば、この右チャンネル〇、〇七二秒遅延加工が見当違いなのかどうかが判るだろう。自分としてはいい線行っていると思うのだが。再発盤を聴いて、更にレポートを追記しようと思う。

(追記二)「答え合わせ」

 タワーレコード盤を入手。ライナーノーツの最後に答え合わせの記述あり。
 今回ミキシングを担当した塩澤利安氏によれば、元テープはアナログ四チャンネルで録音されており、「マスターテープの4チャンネルの振り分けは、1:ワンポイントメインマイク、2:各楽器へのピックアップマイクのミックス、3&4:アンビエンス(会場音)となっていた。」とのことである。一九七八年に何故モノ前提の収録をしたのかは謎だが、メインマイク(三点吊り)と各パート用のマイクはモノ収録、客席マイクはステレオ収録ということだ。そして今回は、モノのメインと各パートを左右に振り分けて、時差をデジタル処理した客席マイクの音声を加えてマスタリングしたようだ。確かに聴いてみると、楽器の定位は絃楽器も含め全て中央に定位しており限りなくモノに近いが、不自然でなくステレオ感のある音となっている。そして、当然だが、拍手の音はしっかりステレオである。
 つまり、私が「舞台に対して真横を向いて聴いているような聴感」と感じたのが正解。山野楽器盤は右チャンネルにメインと各パートマイク、左チャンネルに客席マイクを振り分けたのであろう。左右チャンネルで時差が生じ、更に左チャンネルは客席マイクなので、音の輪郭がはっきりせず、ふわふわした演奏という印象になったのではないか。
 ついでなので、山野楽器盤の右チャンネルだけの純正モノ録音で聴いてみたいものだ。それと、タワーレコード盤を聴き比べると、客席マイクの音をどの程度かぶせているかが判ると思う。答が判ったら更に興味が湧くという、なかなか奥の深いヤマカズのブラ二である。

(追記三)「応用編」

 自宅のプリメインアンプは、チャンネルの切り替え機能が付いており、ステレオ、(左右チャンネルを合わせた)モノの他に、左チャンネル、右チャンネルを選択出来る。山野楽器盤を再生して、切り替えながら聞き比べる。確かに右チャンネルは全体の音がバランス良く収録されている。メインマイクが遠めにセットされているようで、弦楽器の音が遠いのに対し、各パートマイクで補強される木管楽器ははっきりと捉えられている。どうも弦楽器はそもそもオフマイクで輪郭が甘かったようだ。一方左チャンネルは間違いなく客席マイクの音だ。一階客席後方辺りで録音した感じである。私個人の感想だが、モノながら右チャンネルのみで十分鑑賞に堪えると感じる。
 メインマイクと客席マイクを左右チャンネルに振り分けた山野楽器盤は、幾ら何でも乱暴なリマスタリングだったが、この盤があったおかげで色々なことに気づく事が出来た。謂わば怪我の功名。タワーレコード盤は出来る範囲で丁寧なリマスタリングをした決定盤。ヤマカズファンとしては両盤とも手放せない。

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