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2012年12月 5日 (水)

九州のカーフェリー

 クルマで九州旅行をして、三航路のフェリーに乗った。

フェリーあそ(九商フェリー)六九七噸 神田造船一九八九年

 島原~熊本航路に乗船。本当は熊本フェリーのSSTH(Super Slender Twin Hull/超細長双胴船)、航海速力三〇ノットのオーシャンアロー(一六八七噸、IHI一九九七年)に乗りたかったのだが、丁度出港したばかりで次便は一時間三十分待ち。在来フェリーは十分後の出帆なのでそちらに乗船した。こちらは従来型のカーフェリーで、航海速力は一三、八ノット。オーシャンアローが三〇分で結ぶ航路をゆっくり一時間かけて進む。私は船マニアなのでSSTHに乗ってみたかったが、旅の情緒としては在来船の方が趣がある。特筆すべきは島原航路のカモメたちの技。出帆直後から無数のカモメが追尾してきて、投げられたかっぱえびせんを至近距離から見事にキャッチしていく。中には手に持ったかっぱえびせんを直接かっ攫っていく剛の者もいて見飽きない。空中キャッチが下手で、水面に落ちたエサを拾ってばかりいる東京湾フェリーのカモメたちに少しは見習わせたいと思う。
 生憎島原湾はべた凪。水面を滑るように全く揺れない航海。寒いし退屈なので船室に入って座った途端に眠る。目を覚ますと熊本港に近づいており、左舷側をオーシャンアローがすれ違っていく。高速船なのに後部に開放甲板があるようだ。ここは往復して乗り比べたかったと思う。
 
フェリーなんきゅう(南九船舶)一三五噸 前畑造船二〇一一年

 九州で一番乗りたかった船がこのフェリーなんきゅうだ。薩摩半島と大隅半島を結ぶ山川~根占航路は、近年色々な動きがめまぐるしかった。簡単にまとめると次のような経緯になる。

二〇〇二年九月まで 南海郵船(岩崎系)がフェリーを運行していたが、乗客の減少を理由に廃止
          船舶整備会社が南九船舶を設立、隣接する指宿~大根占航路で小型フェリー(十九噸)二隻を運航開始
二〇〇六年十一月  鹿児島商船(岩崎系)地元支援を条件に佐渡汽船の中古船を購入し運行再開
二〇一〇年二月末  鹿児島商船(岩崎系)地元支援の増額要請不調で航路撤退
二〇一一年三月   南九船舶は航路を山川~根占に移し暫定運行開始
二〇一一年八月   南九船舶は新造船を就航させ本格的な運行態勢に入る

 簡単に言えば、岩崎グループが赤字航路を廃止。困った自治体が公的支援をして航路は再開したが、岩崎が更に支援を要請した所自治体は拒否、岩崎はケツを捲くって撤退という流れの中で、地元の船舶整備会社が小型フェリーで参入し、堅実な経営で実績を伸ばしてきたということだ。私は鹿児島県の経済事情について詳しくはないが、偏狭な船マニアの視点からすると、種子島屋久島航路でのなりふり構わぬライバル潰しや、山川~根占航路存廃問題での金出さないならすぐ撤退という姿勢を見る限り、岩崎グループは大人気ない組織という印象が拭えない。

 さて、目当てだったなんきゅうフェリーだが、私は迂闊にも昨年八月に新造船が就航していることを知らず、十九噸の小型フェリーが運行しているとばかり思っていた。なので積み残されないように早めに船着き場に向かったが、停泊していたのは立派なフェリーだった。渡し船みたいな小型フェリーにクルマを後退で積み込むのを期待していたので少々残念である。八時発の始発便に乗船すると、車両甲板には乗用車が十七台積まれており、頑張ればもう一台積めそうである。ちなみに積み残しはなかったが、連休とはいえ十一月の始発便でこの盛況なのだから、夏休みなどは積み残しが出そうだ。しかし、輸送需要相応の船舶を投入してると評価するべきであり、鹿児島商船が大きめの中古船(元えっさ丸→ぶーげんびりあ、一四七八噸)を投入したのに比べると適材適所の感がある。
 船内設備は小さな船室とトイレがあるだけで、車両甲板に飲料の自動販売機がある。自販機があるということは航行中も車両甲板に立ち入れるわけで、実際には船室に入らず車内で寝ている乗客が多いようだ。この日の錦江湾もべた凪で、小型船だから揺れるという期待は肩すかしを食った形。しかし、一般の乗客からすれば揺れない快適な航海と言えるだろう。少々残念なのは乗船券がただのレシートなこと。東海汽船みたいに下船時に回収されるよりはマシだが、旅の記念になるような半券が手元に残ると嬉しいのだが……。

みやざきエキスプレス(宮崎カーフェリー) 一一九三一噸 三菱重工下関一九九六年

 東京から佐多岬まで車を運転して流石に疲れたので、帰路はフェリーを利用しようと考えた。検討すると幾つか利用できる航路がある。

(一)マルエーフェリー 志布志~東京 志布志発二十六日7時、東京着二十七日9時30分、運賃六八八〇〇円
(二)オーシャン東九フェリー 北九州~東京 北九州発毎日19時、東京着翌々日5時40分、運賃三〇九〇〇円
(三)さんふらわあ 志布志~大阪 志布志発毎日17時55分、大阪着翌7時40分、運賃二七一〇〇円
(四)宮崎カーフェリー 宮崎~大阪 宮崎発毎日19時、大阪着翌日7時30分、運賃二五五〇〇円
(五)さんふらわあ 別府~大阪 別府発毎日18時45分、大阪着翌日6時35分、運賃二五六〇〇円
(六)さんふらわあ 大分~神戸 大分発毎日19時15分、神戸着翌日6時35分、運賃二五六〇〇円

 私の休暇は十一月二十七日までなので(一)のマルエーフェリーが一番楽だが、如何せん運賃が高すぎるので却下。(二)のオーシャン東九フェリーがマルエーと距離は変わらないのに半額以下とお得感満点だが、何故か十一月二十五日発が運休日。二十六日発だと早朝東京着でそのまま出勤になるので、これも却下。残るは関西着の四航路だが、余裕を持って二十六日朝関西着にしたい。そうすると二十五日正午時点で大隅半島の先端に居る現状では別府や大分発の(五)(六)は不可能で、選択肢は(三)か(四)しかない。この二者はほぼ互角だが、たった一つの理由で簡単に決着がついた。私はさんふらわあ柄の船が嫌いなのである。
 船を単なる移動手段と考える方には関係ないだろうが、我々船ヲタにとっては、船体の形状、デザインは結構重要な要素で、乗ってみたい船と乗りたくない船ははっきり分かれる。初めて乗った一九八〇年当時から、どうもさんふらわあ柄には胸がときめかないのだ。それに比べ、宮崎カーフェリーは赤と白のツートンカラーで質実剛健。まだマリンエキスプレスという社名で川崎~高知~日向航路を運行していた頃、予約していたのに台風で欠航になったこともあった。迷わず宮崎発を選択する。
 残念ながら、この無計画な旅も後半に入り、資金的に厳しくなってきた。手持ちの現金では全然足らないので、乗船券は大嫌いなクレジットカードで購入。当然二等室で、千五百円也の夕食バイキングも、五百円也の朝食も断念。二百円のカップ麺と、持ち込みの飲み物で我慢する貧乏旅行になってきた。
 一万噸クラスの大型船だが、外洋を航海するのでいい感じに揺れるのが心地よい。しかし、明け方近くになると大阪湾に入ったらしく全く揺れなくなる。甲板に出ようとするが、結構な勢いで雨が降っている。傘もないので接岸作業をじっくり見ることも出来ず、結果としては船旅を楽しむというより、単なる移動手段で終わった宮崎~大阪航路であった。

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