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2013年1月20日 (日)

インバルの[新]マーラー・ツィクルス

 東京都交響楽団とプリンシパル・コンダクターのエリアフ・インバルが再びマーラーの交響曲全曲演奏を行うという。やや「またか」の感はあるが、二年間で交響曲第一番から第九番までを順番に取り上げるということなので、セット券を購入した。今回のツィクルスは東京と横浜で行われ、横浜はみなとみらいホールの主催事業だが、東京は都響の自主事業である作曲家の肖像シリーズ(東京芸術劇場)と定期公演(東京文化会館とサントリーホール)にまたがっており、定期公演の三回(一、五、九番)は東京芸術劇場でも同じ内容の芸劇主催事業が行われる。なので、セット券は都響主催事業を並べたマーラーセットと、芸劇での公演を並べた芸劇セットが選べる。私はせっかくなら同じホールで続けて聞きたい(サントリーホールでマーラーは聴きたくないという気持ちもある)ので、芸劇セットを購入した。

【第一回】

ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第二番変ロ長調作品十九
マーラー/交響曲第一番ニ長調「巨人」

ピアノ/上原彩子
管絃楽/東京都交響楽団
指揮/エリアフ・インバル

二〇一二年九月十五日(土)東京芸術劇場

 インバルのマーラーは、基本的に八〇年代にフランクフルト放送響と録音した当時から変わっておらず、当時主流だったバーンスタインやテンシュテットの情念爆発粘着系の演奏とは違う、すっきりしたスタイルのマーラーだ。ある意味インバルは時代を先取りしていた指揮者だったと思う。しかし、七〇代も半ばを過ぎたインバルは、以前よりフレーズとフレーズの橋渡し部分の呼吸が巧くなった気がする。全体的にテンポはすっきり早めに設定しているが、間がいいので薄味にならないのだ。これはマーラー振りに不可欠な要素であろう。最近ではデュトワや井上道義が振った千人や下野竜也が振った復活を聴いた時の、何だか物足りなかった感覚はその要素が不足しているのだと思う。例えると、若い職人が必死で作ったモノと、熟練の職人が力を抜いて作ったモノのようで、頑張った下野より手抜き気味のインバルの方が出来は遥かにいいと思う。
 第一楽章と第二楽章は繰り返しあり。これも要らないと思うのは今時私ぐらいなのだろうか。第二楽章はアタッカで開始していた。あまり必然性は感じないが、勢いが途切れず良かったと思う。第三楽章のコントラバスはソロで弾いていたが、やはりこの方が違和感がない。最後のホルンはちゃんと立奏しており、トランペットとトロンボーンを一本づつ加えていた。

【第二回】

マーラー/交響曲第二番ハ長調「復活」

独唱/澤畑恵美(ソプラノ)、竹本節子(メゾソプラノ)
合唱/二期会合唱団(合唱指揮:長田雅人)
管絃楽/東京都交響楽団
指揮/エリアフ・インバル

二〇一二年九月二十九日(土)東京芸術劇場

 東京芸術劇場はリニューアルして舞台が拡がった。舞台ツラが客席一列分張り出した(蹴込み板を貼ってないので仮設舞台にしか見えないが常設舞台)他に、合唱台が舞台奥一杯まで組めるようになったので、合唱付大編成の曲が上演しやすくなった。これなら八番も問題ないだろう。
 復活も巨人同様安定した出来。声楽も盤石の布陣なので何の不安もない。しかし、結果的にはそれが裏目に出たように感じる。不満な所は何もないのだが、感動的だったかと問われると否定せざるを得ない。全てに手慣れ過ぎていて新鮮味が無いというのだろうか。完成度は高かったと思うが、生演奏の醍醐味には欠けていたように感じる。
 なお、下野/読響の復活を聴いた時に書いた第一楽章後の休憩について、インバルは完全に無視して普通に第二楽章を演奏し、第二楽章の後で合唱とソリストが舞台に登場。オルガン奏者は第五楽章の途中で入場していた。
 また、今回感じたのは芸劇のオルガンの送風音が酷いこと。オルガンを使ってない間もオルガンの送風機が回っているため、弱音部になるとゴーッという音が非常に耳障りだ。以前にはそれほどでもなかったと思うので、リニューアルで送風機の交換でもして、超強力なモーターになったのだろうか。

【番外】

ワーグナー/ジークフリート牧歌
マーラー/カンタータ「嘆きの歌」(第一部初稿、第二、三部決定稿版)

独唱/浜田理恵(ソプラノ)、小川明子(メゾソプラノ)、福井敬(テノール)、堀内靖雄(バリトン)
合唱/スーパー・コーラス・トーキョー(合唱指揮:ロベルト・ガッビアーニ)
管絃楽/東京都交響楽団
指揮/エリアフ・インバル

二〇一二年十月四日(木)八王子市民会館

 これはマーラー・ツィクルスとは別なのだが、珍しい「嘆きの歌」を上演するので聴きに行った。前日(十月三日)に東京文化会館でも同じ公演があったのだが、ホールの見学も兼ねて八王子公演を選択。駅前の複合ビルにある新八王子市民会館は、ホール自体はいいのだがビル内の動線が最悪。一階毎にフロア内のテナントの店先を通らないと辿り着かないという最悪の構造だ。
 嘆きの歌は上演機会が少ないので生で聴けるのは貴重だ。今回は第一部が初稿、第二部第三部が決定稿での上演。CDで幾ら聴き込んでも拭えない習作という印象は変わらず。字幕付き上演だったので物語はよく判ったが、何故こんなフレーズ毎に独唱者が入れ替わるのかという疑問は深まる。依頼公演のためか、インバルが曲に慣れていないせいか、表現が練れていない感じはする。しかし、普段からマーラーを得意とするインバルと都響だから、細部は詰め切れていなくても基礎の部分は共通認識がある。他のオケだったらこうはいかないだろう。
 メゾソプラノの急な代演(前日は予告通り小山由美が出演)や、指揮者用譜面台のトラブル(インバルがいじったせいで、第一部途中で一番下まで下がる)があったせいか、全体的に地方公演とは思えない緊張感があり、演奏自体については期待以上の素晴らしさだった。また、声楽陣では福井敬が好演だった。せっかくのいい演奏だったのに客の入りは半分程度。地味すぎるプログラムなので仕方がないのだろう。

【第三回】

マーラー/交響曲第三番ニ短調

独唱/池田香織(メゾソプラノ)
合唱/二期会合唱団(合唱指揮:長田雅人)、東京少年少女合唱隊(合唱指揮:長谷川久恵)
管絃楽/東京都交響楽団
指揮/エリアフ・インバル

二〇一二年十月二十八日(日)東京芸術劇場

 演奏は二番と同じ傾向だったが、感銘度では天と地の差。圧倒的な名演であった。特にここが凄かったとか、何がどうだったという箇所はない。しかし、この長い交響曲が途中でダレる事無く、徐々に温度が上がっていくペース配分は流石手練れの者。合唱、独唱も素晴らしく文句の付け所がない。第六楽章では音楽に酔ったような感じになってしまい、最後のティンパニの刻みで「え、もう終わりなの?」と現実に引き戻された。間違いなく今までに聴いたマーラーの三番の中で最高の名演。言うこと無し。

【第四回】

マーラー/「少年の不思議な角笛」より
マーラー/交響曲第四番ト長調*

独唱/河野克典(バリトン)、森麻季(ソプラノ)*
管絃楽/東京都交響楽団
指揮/エリアフ・インバル

二〇一二年十一月三日(土)東京芸術劇場

 私にとってマーラーの四番はインバル/フランクフルト放響のCD無しでは語れない。発売当時ワンポイントの優秀録音で騒がれたCDだが、演奏内容も今もってナンバーワンだと思っている。あの録音から四半世紀以上経っているが、インバルの姿勢は変わっていないので、最も安心して聴ける演奏だ。
 ソリストが居ないまま演奏は進み、第三楽章の最後の所でソリストがしずしずと入場してくる。第四楽章に入って歌い出した瞬間に「あっ、マイクのスイッチが入ってない!」という錯覚に陥る。卒業式の来賓などで、緊張してマイクのスイッチが入ってないのに喋り続けてしまうオッサンがいたが、あんな感じでソリストの声が全然聞こえないのだ。前半の歌曲ではソリストの声は普通に聞こえていたので、気の毒だが完全に声量の差である。せっかく第三楽章まではいい演奏だったのに、ソリストの起用で台無しにしてしまった。指揮者もオケもいい感じだったので残念だ。

【第五回】

モーツァルト/フルート協奏曲第二番ニ長調K.三一四
マーラー/交響曲第五番嬰ハ短調

フルート/上野由恵
管絃楽/東京都交響楽団
指揮/エリアフ・インバル

二〇一三年一月二〇日(日)東京芸術劇場

 前半はモーツァルトのフルート協奏曲。一番の時同様、芸劇主催公演ではマーラーとは関係ない協奏曲が組み合わされる。フルートは棒吹きだし、オケは無神経に大きな音で伴奏。下手なソリスト、やる気のないオケで、完全なる時間つなぎ。
 マーラーの五番は好演。第一楽章から絃がいつにも増して鳴っている。相変わらずインバルのテンポは基本早めだが、今日はフレーズ間の撓めが決まっている。モーツァルトは暖機運転だったようで、マーラーは頭からアクセル全開の感じだ。オケも指揮者も乗っているのが感じられ、若干の綻びはあったものの、ライヴの醍醐味を堪能できる演奏であった。客席も大いに沸いて、三番の時を超える盛り上がりだったが、曲が派手に終わる分は差し引かないといけないだろう。

 前半五曲を聴き終えたが、よかった順に並べると三番、五番、一番、二番、四番。四番がダメだったのはソリストの問題なので、歌をのぞけば四番は第三位に繰り上がるだろう。
 インバルと都響のコンビは現在最上と言って差し支えないだろう。ジジイになって力が抜けてきたインバルと、長年のつきあいで勘所をしっかり押さえている都響が、翌日以降のことまで考えたペース配分で、世界最高のマーラーを演奏していると思う。この調子ならば、六番以降の後半の演奏にも本当に期待ができる。

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