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2013年11月26日 (火)

庄川大仏

 日本三大○○という表現をよく使うが、日本三大大仏というのは議論の的である。奈良と鎌倉の一位二位は揺るがないとして三番目がどこかで紛糾する。先日訪れた石切大仏などという、幕下クラスまでが自分が小結(第三位)と主張するから混沌としてくる。
 その第三位候補の最右翼である高岡大仏は、富山三大仏の一つであり、この富山三大仏も高岡、庄川の二つが鉄板で、第三位を小杉と戸出が争うという面白さだ。この富山県の四つの大仏はみな個性的で面白い。

高岡大仏 坐高七、四m、銅製、一九三三年建立、露天
庄川大仏 坐高六、三m、コンクリート製、一九三三年建立、露天
小杉大仏 坐高約五m、木製、平安時代建立(顔と手以外江戸中期補修)、本堂内
戸出大仏 坐高一、八m、石製、江戸期建立、大仏殿(地蔵堂?)内

 ご覧のように材質も全て異なり、歴史もそれぞれだ。敢えてこの中から三大仏を選ぶこともなかろう。富山四大仏ということでいいのではないか。
 私はこの中で高岡大仏と戸出大仏は訪問済みで、今回は庄川大仏を訪ねてみた。砺波市から国道一五六号線進んだ道沿いに鎮座しているのだが、道路からは姿が見えないのでちょっと見つけるのに苦労する。目印は金屋東という信号で、その脇の狭い路地を入ると大仏のある光照寺である。

 寺の境内に入ると道路に向かって大仏が鎮座している。台座の銘板に刻まれた縁起によると、この大仏は十万納骨大仏と呼ばれ、昭和三年に光照寺三十世住職君道法師の発案により浄財を集め、小杉町の竹内源造により昭和五年春に着工し、昭和八年夏に竣工したと記されている。一九三三年というとコンクリート造りの大仏としてはかなり早い時期のものである。全体が緑色に塗られているのが珍しい。納骨大仏とは何ぞやということが気になるので調べてみると、建材のコンクリートに十万体の遺骨を混ぜて建立したという事らしい。同様の例は庄川大仏より五年前に建立された別府大仏に先例があるようだ。もっとも別府大仏はコンクリートに遺骨を混ぜたのが原因かどうかは判らないが、建立から四十年で老朽化のため体内巡りが中止され、六十一年目には解体されている。もっとも、十万体の遺骨を全部練り込むはずもなく、一体当たりマッチの頭程度とすれば、質の悪いコンクリートを使ってしまったと云うことだろう。幸い庄川大仏の方は建立から八十年を経ても特に痛んだ感じもなく健在である。

 これで富山四大仏の内三つを訪れたので、当然次は小杉大仏へ向かいそうなものだが、GPSに小杉大仏を打ち込んでいなかったため別の方角へ向かってしまったのである。無計画な行動は、往々にしてこの手の失敗を生むものである。

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