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2013年12月12日 (木)

熱海城

 秘宝館のついでに熱海城にも行ってみた。こちらは鉄筋コンクリート地上六階地下一階のなんちゃって天守閣である。金の鯱が出迎える入口を入るとまずは一階の武家文化資料。鎧だの刀だのが展示してあるが、別にどうと云うことはない。エレベーターで六階に上がると展望台。天気がよく初島、大島は勿論、房総半島まで見渡すことが出来る。この景色はすばらしく、これだけでも入館料の価値はある。五階は江戸体験の間。肥たご桶を担いでみたり、千両箱を持ち上げたり、箱枕で寝る体験が出来る。四階は判じ絵の世界。これは面白いが、判じ絵の本を一冊買えば済む気もする。沢山の判じ絵のうち、八枚がクイズになっており、全問正解すると記念品がもらえるらしい。私は一つだけ判らなかったが、帰宅後に解決した。三階はなくて二階は日本城郭資料館。日本中の城郭の模型の他に、マッチ棒で造った城、東海道五十三次(複製)が展示されている。地下一階はゲームコーナーと浮世絵秘画館。早い話が春画の展示室である。
 展示物は江戸東京博物館の常設展示に比べるまでもなく貧弱だが、春画のコーナーがあることでただの博物館とは違う存在感がある。ここは展示物は二の次で、展望とお土産コーナーを楽しむ場所であろう。城郭と春画に興味があれば、また別の見方が出来ると思うが。
 別館のトリックアート館にも入ってみたが、カメラのファインダー越しだと物凄く立体的に見えるという趣向の物が多いので、私のようなお一人様は楽しめない。グループで行って写真を撮り合ったりすれば楽しめると思う。

 せっかくなので、判じ絵クイズ全八問を掲載。

3
(ヒント 虫)

2
(ヒント 魚)

4
(ヒント 野菜)

5
(ヒント 座敷道具)

6
(ヒント 植物)

1
(ヒント 地名)


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2013年12月11日 (水)

熱海秘宝館

熱海秘宝館

 熱海秘宝館へ行くのは二十余年ぶりだ。昭和後期にあちこちに建設された秘宝館だが、バブルの終わり頃までに多くが廃業、二十一世紀まで生き残った秘宝館も、北海道秘宝館、元祖国際秘宝館、別府秘宝館がすでに廃館。現在営業しているのはこの熱海秘宝館と鬼怒川秘宝殿、嬉野観光秘宝館の三館のみ。嬉野観光秘宝館は来年(二〇一四年)三月に廃業が決まっているということだ。いつまでもあると思うな秘宝館である。

 さて、前回は熱海港側からロープウェイで行ったが、今回は裏の熱海城側から直接入ってみる。入り口の脇に「館内のご案内」という看板があり、それによると「おみくじ堂、コレクションコーナー、幻想の部屋、永遠の名女優マリリンモンロー、変身画廊、珍説・貫一お宮、露天風呂に遊ぶ芸妓さん、現代版浦島太郎物語、恵比寿様の鯛釣り・子宝観音、プレイコーナー・ゲームコーナー、おもしろサイクリング、珍説一寸法師、男女対抗○○たたき!」という内容だそうだ。土曜の午前中だが結構な盛況で、次々にお客が入っていく。私も千七百円の入場料を払って入館する。
 幻想の部屋と浦島太郎、一寸法師は映像とセットを組み合わせたアトラクション。コレクションは浮世絵、恵比寿様、サイクリングなどはゲームコーナーだ。まずマリリンモンロー。ハンドルを回すと床下の扇風機が回ってスカートが捲れるお馴染みの仕掛けだ。露天風呂の芸妓さんは透明アクリルの覗き窓から露天風呂の芸妓さんを覗くと、窓に向かって水が飛んできて驚く趣向。そして、秘宝館の肝と云うべき動く人形のアトラクションは、、貫一お宮のコーナー。ここには三つのアトラクションが並んでいるが、行水中のご婦人が向こうを向いており、ボタンを押すと三六〇度回転するのだが、こっちを向くと下から手拭いを持った手が出てきて股間を隠すものと、砂浜のパラソルで寝ているご婦人の股間に掛かったタオルを、ボタンを押すと蟹がずらすものは、ほぼ同じ物が嬉野観光秘宝館にもあった。詳しいことは知らないが、恐らく同じ制作者の手によるものであろう。
 そこそこ繁盛しているせいか、アトラクションのメンテナンスも行き届いており、映像も新しくなっている。寂れたとはいえ、熱海という大観光地の集客力と、温泉街から見上げる丘の上にあり、ロープウェイとセットになっている事。更に、麓から熱海城を見上げて、混同して入ってくる客もいそうなので、何とか維持していけるのだろう。鬼怒川、嬉野が、客が入らない、メンテナンスが出来ず故障だらけという悪循環に陥っているのに比べ、熱海は規模の小ささも幸いして、経営者にやる気さえあれば維持していくことは可能ではないかと思う。
 嬉野観光秘宝館は最後のハーレムという壮大なアトラクションが感動的だったが、熱海には大規模なアトラクションは無い。私の見立てでは、熱海はもう暫く持ちそうなので、秘宝館という文化に興味のある人は、先ずはあと四ヶ月を切った嬉野観光秘宝館へ、そしていつ潰れるか判らない鬼怒川秘宝殿に先に行くことをお勧めしたい。
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(熱海秘宝館)

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2013年12月10日 (火)

うさみ大観音

 伊豆の伊東から熱海方面へ国道一三五号線を進むと、宇佐美の山の上に大きな仏像が見える。何度も遠目には見て気になっていたのだが、大仁から亀石峠を越えて訪れてみた。
 入り口で拝観料を払うと、見学順路に従って宝物殿のような所を見学する。色々説明が書かれた壁一杯の彫り物や仏像などが並んでいる。私は仏教が好きなわけでも美術が好きなわけでもなく、単に巨大な仏像が好きなだけなので興味が無い。大聖寺秘宝殿のように雑多なモノが並んでいると楽しめるのだが、このように美術館然としていると面白くない。渡り廊下を渡って境内に出ると斜面にびっしりと小さな仏像が並べられている。今や殆どの宗教施設で目玉商品となっている水子供養の地蔵である。地蔵を奉納する人の気持ちはお察しするが、水子供養を前面に出して商売している寺院というのは、他人の後ろめたい気持ちにつけ込む商売のような気がして好きではない。
 勿体振った本堂や、こけおどしな七福神像、どうでもいい三十三観音などを順に見て、ようやく大観音に辿り着く。高さ五十メートルと云われているが、本体はどう見ても十五メートル程度か。残念なことに観音像に関する説明が一切見あたらず、諸元が確認出来ない。水子供養の大事さを説くのも結構だが、説明版くらい置いてくれてもいいのではないか。仏像の大きさを表す場合、大きさを誇らんが為、台座の高さ込みで表記することが多いが、このうさみ大観音は本体よりも台座の方が高さがあるし、台座込みでも五十メートルには見えない。今流行りの偽装表示のような気がするが、巻き尺持って測りに行くことも出来ない。
 境内には二万体余の水子が奉られており、慈母観音がそれらを見守っているのだという。その割には土曜日なのに参拝者も少なく閑散としている。あの妙な宝物殿を見ないなら拝観料は必要ないのだろうか。別に根拠はないのだが、全体的にこけおどし、全てが水増し的な印象を受けてしまうのは何故だろうか。規模の大きさの割には面白味が無い施設であった。
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(うさみ大観音 台座の一階分が三mとしても・・・)

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2013年12月 9日 (月)

明徳寺

 伊豆の修善寺から少し南下したところに明徳寺という寺がある。ここは俗に言う便所の神様、転じて下半身の神様として知られている。
 広い境内はどこにでもある田舎の寺だが、本堂脇にお守りなどを授ける授与品所がある。というよりはお土産コーナーと言った方が適切な感じの広さと品揃えで、お守りやお札よりはパンツなどの下着類が大量に並べられている。そして、本堂の裏に鳥枢沙摩明王が奉られる「おさすり おまたぎ」という一角がある。ここにはお馴染みの石や木で出来た男根が並べられており、鳥枢沙摩明王に参拝しながら足元の格子をまたぎ、男根をさすって下半身の健やかなることを祈るのである。
 珍スポットとしては小規模であるが、なかなか素朴でいいものを見たと思い境内を歩いていると、突然鐘楼から鐘の音がして仰天する。誰もいない鐘楼で鐘が鳴ったのだ。不審に思って近づいてみるとモーターのような音がする。鐘楼の撞木の上に何やら仕掛けがあるようで、そこからモーター音がしているのだ。これは自動鐘撞機的なモノらしい。見ていると撞木の上に接しているバーが反動のように動いて、再び鐘が撞かれる。何でも便利なモノを考える人がいるものである。お寺自体よりも鐘撞機に感心してしまった。
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(明徳寺の鐘撞堂 自動鐘撞機付き)





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2013年12月 8日 (日)

大仁神社

 ここは珍スポットではない。珍スポット巡りの途中で立ち寄った伊豆大仁にある神社。ここは一部の人々から絶大に信仰を集めている神社だ。その一部の人々というのは、私もその一員である鮎釣りを趣味とする人たちだ。
 鮎の友釣りはここ狩野川が起源であり(諸説あるようだが)、ここ大仁神社は鮎釣りの神様とされているのだ。そして、ここで授けられるお守りには鮎の絵が刺繍されており、鮎釣り師は是非持ちたいと思っているのである。

 土曜日の朝に訪れたが、山の中腹に鎮座する神社で、裏山の梅林が有名らしい。石段の脇に手水舎があるが、石造の鮎の口から水が出ている。間々観音のおっぱいから水が出ているような衝撃はないが、鮎釣り師としてはついつい写真を撮りたくなる。開いていた本堂に参拝するが、まだ九時前なので人の気配がない。本堂脇の授与品所も閉まっている。ちょっと来るのが早すぎたと思い、別の珍スポットを訪れてから九時半頃再び来てみたが、やはり誰もいない。隣の家が神主の家かしらんと思って覗いてみたが、こちらにも人の気配がない。残念だが、ガラスケースに入った鮎のお守りを眺めただけで、手に入れることは叶わなかった。来シーズンが始まる前にリベンジしたいと思っている。
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(大仁神社の手水舎 鮎の口から水が出ている)

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2013年12月 7日 (土)

舘山寺大観音

 浜名湖北岸の舘山寺は風光明媚な地形と温泉が相まって、現在でも流行っている観光地である。その舘山寺には一九三七年建立の大観音がある。高さ十六メートルのこの観音像は、コンクリート製としてはかなり古いものである。
 駐車場にクルマを駐めて舘山寺に登るが、ここの案内板は甚だ解りにくい。とにかく観音像は一番高いところだろうと適当に登っていく。すぐに観音像が見えるが、ちょっと拍子抜けだ。小さいのである。高さ十六メートルは台座込みの地上高であり、本体は十メートルもないのではないか。色合いは焼いていない粘土のようであるが、衣の造形などはなかなか細かくてコンクリート造りにしては立派なものである。しかし、私の第一印象は「嫌い」であった。仏像を初めて見た時、威圧感や親近感など色々な第一印象を受けるが、嫌悪感を感じたのは初めてだ。理由は簡単。表情が嫌いなのだ。コンセントピックスの歌じゃないが(誰も知らないか)、どんなに立派な仏像でも顔が嫌いなんだから仕方ない。なぜこの顔が嫌いかと云えば、ここ一年くらいよくテレビで見かける、かんぷらちんき野郎にそっくりなのである。だから観音に罪はない。
 観音様には申し訳ないが、見てると不愉快になるんだから仕方ない。駐車場も三十分まで無料なのですぐに踵を返して、穴大師と梵鐘を見物してクルマに戻る。無事三十分以内で無料出庫となった。
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2013年12月 6日 (金)

井原電停

豊橋鉄道 東田本線(市内線)

 日本の鉄道で一番の急カーブは何処か。興味のない人は考えたこともないだろうが、マニアはこういう話題が好きである。そして、答えが一筋縄でいかないから面白いのだ。一般客が乗車して通れる鉄の線路に限るという条件だとベスト三は次のようになる。

第一位
豊橋鉄道 東田本線 井原~運動公園前 半径十一メートル

第二位
江ノ島電鉄 江ノ島電鉄線 江ノ島~腰越 半径二十八メートル

第三位
箱根登山鉄道 鉄道線 仙人台信号場~宮ノ下、小涌谷~彫刻の森 半径三十メートル

 豊橋鉄道と江ノ電は両方とも併用軌道(路面電車)区間のカーブである。さらに厳密に言えば、法律上豊橋鉄道は軌道、江ノ電は鉄道に分類されているので、狭義の鉄道でと言うなら江ノ電が一番とも言うこともできる。細かい事は抜きにして、せっかく近くまで来たので日本一の鉄道カーブを見物した。

 問題のカーブは県道四号線(多米街道)と運動公園通りの交差点。豊橋駅から来た電車は井原電停に停車し、本線筋の赤岩口行きと支線筋の運動公園前行きに分かれる。この狭い交差点の中で運動公園前方面に分岐していく線路が半径十一メートルのカーブである。実際に見てみると確かに結構な急カーブだが、路面電車だったら他にもこれくらいあるのではないかとも思える。
 しばらく眺めていると運動公園前行きの電車が接近してきた。分岐器を越えてカーブにさしかかると、電車の台車がぐいっと曲がる。台車の前後が電車の幅からはみ出すような勢いだ。これは確かにすごい。ウィキペディアによれば、豊橋鉄道の車両には、このカーブを通れる車両と通れない車両があって、車両運用に制約があるのだそうだ。
 実際に見ると大迫力なのに感動して、思わず二往復の通過を眺める。そして当然、この区間に乗ってみたいと思う。しかし、今日は乗るのはやめておく。何故なら、今日はクルマで来ているからだ。クルマで来て、この急カーブ区間だけ乗って帰るなどと云うことは、豊橋鉄道に対して申し訳ないし、自分を許すことが出来ない。乗って体験したいなら、豊橋駅前からずっと電車に乗ってこなければならないと思う。中華丼のウズラの卵だけ食べるような品のない行いは慎まなくてはならない。

 なお、JR線でのもっとも急なカーブは、

相模線 茅ヶ崎~北茅ヶ崎間 半径八〇メートル

で、これは標準的な二十メートルの車両が連結された状態で通過する最急カーブである。

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(井原電停を出た運動公園前行き電車)

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2013年12月 5日 (木)

大聖寺大秘殿

 蒲郡の三谷温泉は、今では随分寂れてしまっているが、かつては殷賑を極めた観光地だったようだ。子安大師のある弘法山には遊園地があり、大秘殿のある乃木山(乃木大将の像がある)との間に市営のロープウェイが一九五八年に開業し一九七五年まで運行されていた(一九七〇年に名鉄に譲渡)らしい。そのロープウェイの弘法山側の駅がラバーズヒル、乃木山側の駅とプラネタリウムが大聖山大秘殿になっているのだ。
 延命山大聖寺はパンフレットによると食中毒封じの寺であり、料理の神様であるという。大秘殿は建物内に造られた人工の洞窟で十界巡りができるらしい。到着したのが十時前と少々早かったので、受付で拝観料千円を納めると、おばさんが入り口のシャッターを開けてくれる。大人一人が通れる広さの通路が迷路のように続いているが、枝道はないので迷うことはない。洞窟の壁面には様々な仏画が描かれ、数メートルおきに仏像などが安置されている。パンフレットによれば洞内延長三百メートル、仏像数百体、仏画百点余があるという。とにかく仏像の点数が多い上に、仏画がなかなか立派なものなので、一つ一つじっくり見ていたら一日かかってしまいそうだ。ちょっと広くなって金色のリアルな観音像のある場所では天井のスピーカーからずっと人の声が流れている。テープが劣化しているらしく聴き取りにくいが、住職による解説と、住職がラジオ(テレビ?)番組に出演した際の音声のようだ。真面目な仏像だけでなく、地獄巡り的な怖い人形や、妙に肉感的な像や、お約束の男根の林立などもあり、変化があって飽きない。このレイアウトの妙がすばらしい。そして洞窟の最後は大きな広間になっており、沢山の石仏、壁面や柱には不思議な壁画、様々な体位でまぐわう男女の姿を彫った石碑などが所狭しと並べられている。ここの迫力は圧巻で、感動的ですらある。よくこれだけのものを集めたものだ。
 洞窟を出ると本堂を抜けて、その先には縦十メートル横八メートルの料理の神、磐鹿六雁命の絵がある。妙に漫画的な絵で右手に大ハマグリ、左手に鰹を抱えているが、その手前に鴨が顔を出しているのが面白い。さらに進むと宝物展示になるが、ここはよくあるオレちゃん博物館で、戦艦陸奥の部材だとか書の掛け軸、仏像などが雑多に並べてある。そして壁の上部には歴代総理の肖像画が掲げられている。一番新しいのが竹下登までなのは仕方ないとして、一部未完成の肖像画がある。犬養毅は背景と顔は彩色で服は線だけ、阿部信行と鈴木貫太郎に至っては背景も服もなく、顔だけが白い空間に浮かんでいる。この詰めの甘さがオレちゃん博物館の醍醐味である。宝物展示を抜けると包丁式式場というドーム状の祈祷所である。元はプラネタリウムだったドームの中に神殿があり、大楽乗観世音菩薩が奉られている。これは歴代ダライラマに信仰されたチベット・ラマ教の秘仏で、あらゆる願いを叶えてくれるのだという。私も熱心に生涯楽に暮らせるようお願いしてきた。
 建物を出て屋上に上がってみる。ドームの周りをぐるっと一回りすることが出来るが、弘法山同様に眺望がすばらしい。幸運にも快晴で、蒲郡の町並みから、竹島の向こうに停泊している巨大な自動車運搬船などを眺める。

 これだけの内容で千円の拝観料というのは破格だ。昨年行った嬉野秘宝館と同じレベルの満足感であった。後で調べたところ、この大秘殿と同じかそれ以上の規模を誇る岩戸山風天洞という珍スポットが豊田市の外れにあるらしい。GPSに打ち込んであったのだが、かなり外れたところなので気づかずに素通りしてしまった。大秘殿と同じ住職がやっているらしいので大いに期待出来る。こちらも是非行ってみたいと思う。
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(大聖寺大秘殿 元プラネタリウムのドーム)

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2013年12月 4日 (水)

子安大師

 愛知県蒲郡市の三谷温泉に弘法山という標高九十六、六メートルの山があり、金剛寺という寺がある。山の頂に巨大な弘法大師の立像が立っており、金剛寺のウェブサイトによれば、身長十九メートル、台座が高さ七メートル、手に持った杖を含めた全高が三十メートル。鉄筋コンクリート製で一九三八年に開眼している。
 立像の巨大仏といえば観音像が多いが、コンクリート立像の嚆矢である高崎百位観音(一九三六年建立)を始めとして観音像が多い。これは白衣の裾が地に着く造形になるので、構造的に安定するからであろう。ところが、この弘法大師像を見てまず驚いた。衣の裾からにょっきりと二本の足が出て、しっかりと地面を踏みしめているのだ。巨大なコンクリート像を細い足二本とさらに細い杖の三点で支えているのだ。このような構造で、海に面した山の上に七十五年も立ち続けているというのは驚きである。近づいて見上げてみると、常福寺の大仏同様、コンクリートの打ちっ放しではなく表面を塗装して仕上げている。この塗装が雨や潮風を防いでいるのだろう。見た感じ亀裂などもなく、非常に良いコンディションのようだ。戦前のコンクリートが高品質なのも要因だろう。私が通っていた高校は一九三八年建設の校舎を、在学中の一九八八年に解体したが、解体工事を見ていると崩されたコンクリートの中からぴかぴか光る鉄筋が出てきた。多摩川の川砂利で練ったコンクリートは、五十年経ってもびくともしない堅牢さであった。戦後高度成長期以降の海砂を使ったコンクリートではこうはいくまい。

 大師像のすぐ前にはラバーズヒルという展望台がある。元はロープウェイの乗り場だったらしいが、現在は展望台と幸せの鐘がある。名前からして近寄りたくないが、朝で人気がないのでちょっと覗いてみる。展望台の柵にピンク色のハート型プレートの付いた南京錠が無数にぶら下がっている。あちこちで見かける願掛けで、まあ健全で微笑ましいと言えるだろう。ここから臨む蒲郡港と竹島、大島の眺望はすばらしく、蒲郡名代の大聖寺大秘殿のと銀色のドームも目の前に見える。ラバーズヒルという名前でなければ、もうしばらく景色を眺めていたいと思った。
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2013年12月 3日 (火)

常福寺大仏

 十年前くらいに廃止になった名鉄三河線の寺津駅の近くにコンクリート製の大仏がある。地元では借宿の大仏(おおぼとけ)さんと呼ばれているこの大仏は、一九二八年に昭和の御大典を記念して建立されたという。鉄筋コンクリート製で坐高七メートル、台座含め十四メートルで、胎内巡りも出来るらしい。

 朝早く訪ねてみると、赤銅色の大仏が朝日を浴びていた。西尾市観光協会の解説板によれば、建立当時寺に山門がなかったので、山門の代わりという意味と、漁師の安全を祈願するために大仏は本堂に背を向け、海に向かって鎮座している。コンクリート製ということだが、見た感じは金属製のように光沢のある質感である。調べたところコンクリートの表面を漆喰で仕上げ、塗装を施しているらしい。そしてこの大仏の最大の特徴は立派な光背が付いていること。背中と頭の後ろに配置した二つの輪が重なり合う、非常に精緻で芸術的な光背だが、よく見ると大仏本体には肩のところでちょっと触れているだけで、ほぼ自立した作りになっているようだ。とても華奢に見えるのだが、これもコンクリート製なのだろうか。屋外の大仏に光背があること自体が珍しいが、これほど美しい光背は例がないと思う。
 台座の背後側には扉があり開け放されている。中に入ると正面に阿弥陀如来像が安置してあり、左右には狭い階段がある。これが胎内への入口のようだ。コンクリートの狭い階段は、子供の頃遊んだ団地内の公園の遊具のような雰囲気でわくわくする。階段を上るとちょうど大仏のあぐらを組んだ足の位置で、天井には明かり取りの窓がある。大仏の背中側に祭壇があって、壁一面に仏画が描かれている。特にそれ以上何があるわけでもないが、管理者がいなくなって胎内に入れなくなった大仏を幾つも見ているので、見られるだけでも有り難いと思う。
 外へ出て再び大仏を見上げると、朝日を浴びた大仏の周りで数羽の雀が遊んでいる。近頃都会では目にすることの少なくなった雀だが、ここ西三河では元気に大仏と戯れている。光背や指先に止まっている雀と大仏の姿を見て、今まで見てきた大仏の中で一番幸せそうな表情に見えたのは、小春日和の暖かな日差しのせいだけではなかったと思う。
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2013年12月 2日 (月)

間々観音

 布袋の大仏に続いて、小牧市にある飛車山龍音寺(りゅうおんじ)を訪れた。ここは一般には間々観音と称されていて、更にはおっぱい観音という俗称で呼ばれているらしい。本尊の千手観音にお参りすると乳の出が良くなるという、授乳にご利益のある寺として知られている。

 山門を入ると手水場があるが、高さ二メートル以上ある赤大理石のオブジェで、上部におっぱいが二つ並んでおり、乳首から水が出ているという、最初からストレートな攻撃である。本堂前の線香を立てる香炉の覆いの部分にも二つ並んだおっぱいが付いている。参道脇の慈乳観世音像は乳飲み子を抱いて片乳を出して授乳している姿だが、人が前に立つとセンサーで感知して乳首から水が噴き出す仕掛けになっている。これは秘宝館でお馴染みの、窓から除くと水が飛んでくるアトラクションに近い物がある。とにかく二つ並んだおっぱいがこの寺のシンボルマークらしく、そこら中におっぱいのオブジェが並んでいるのである。
 そして圧巻は絵馬。一枚千五百円の絵馬にはもちろんおっぱいが二つ並んでおり、本堂に向かって左側の絵馬掛けに、無数の絵馬が並んでいるのである。幾つかを眺めてみると、安産祈願、乳が出るようにというお願いに始まり、乳が大きくなるようにと云う切実な悩み、中には男性からの気持ちは理解するが場違いな望みなど様々で面白い。端からじっくり見ていたかったのだが、残念なことに日が暮れてきて薄暗くなり、境内には私以外誰もいない。暗くなった中でハゲオヤジがおっぱい絵馬を物色していたら、不審どころではなく即逮捕という雰囲気だ。こんなところで警察のお世話になりたくはないので早々に退散した。

 おっぱい観音という言葉の響きに釣られて訪れてみたが、真面目な信仰を集めているお寺であった。なお、小牧市には田縣神社、大縣神社という所謂男の神女の神の神社も存在するようなので、それらと合わせて巡るのが楽しそうである。
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2013年12月 1日 (日)

布袋の大仏

 名古屋周辺には珍スポットが沢山あるが、岐阜大仏に続いては江南市にある布袋の大仏を見に行く。

 江南市観光協会の案内板によれば、鍼灸医前田秀信が一九四九年に夢のお告げを聞いて大仏の建立を決意。整地からコンクリート練りまで全て手作業で作業を行い、一九五四年三月二十四日に開眼。本体の坐高が十八メートルで日本一を誇っているという。何かと大仏は日本一とか三大大仏を標榜したがる傾向がある。
 線路脇の住宅地に突如として現れる大仏は、少々頭でっかちで、腫れぼったい目をしている。そのせいか威厳よりはコミカルな印象を受けてしまう。大仏の背後は民家とつながっており、そこに所有者が住んでいて治療院を開業しているというのが事前に得た知識である。確かに大仏は背後のコンクリート造りの建物とつながっている。建物は二階建てで一階の入口には大仏治療院と書かれた木の看板が掛けられており、その脇の外階段を上がると二階の一角が鐘楼になっており、普通の建物の一角に大きな梵鐘が吊り下げられている。民家と寺院と仏像が混然と一体化した不思議な建物だ。
 治療院の扉に何やら貼り紙があるので見てみると、何語だか判らない外国語が書いてあり、隅っこに「大仏接骨院↓移りました。↓大仏シャロン接骨院 八〇m南へ移りました。アパートシャロン103号室」という日本語と、雑な地図、連絡先らしい携帯電話の番号が記されている。看板は治療院だが貼り紙は接骨院なのも謎だが、何故治療院だけ引っ越したのか。外観からはそれほど老朽化しているようには感じられないが、中に入ると何か深刻な状態なのだろうか。ちょっと心配である。

 珍スポットの中ではオヤジ系と呼ばれる、変わり者のオヤジが作り上げた施設なのだが、同じオヤジ系大仏でも越前大仏のように財力に物を言わせた感じの強引さが感じられない。戦後の物の無い時代に五年も掛けてコツコツ作り上げた大仏は、その柔和な表情からも何やら暖か味が感じられるような気がするのである。大仏の周りは桜の木が並んでいるので、花の時分には花の雲から顔を出す大仏様が見られそうだ。無住になってしまった様子なのがやや心配だが、花見時分に是非訪れてみたい大仏である。

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