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2014年1月 6日 (月)

貝殻公園

 年末年始の予定が何もないので、再び中部地方の珍スポット巡りに出かけた。伊良湖から名鉄フェリーで師崎へ渡り貝殻公園を目指す。我々のバイブルである都築響一著「珍日本紀行」にも取り上げられているスポットで、地元の山本祐一(一八九四~一九八七)という人が還暦の時に見た夢を元に築き上げた公園である。祐一氏の没後は息子の良吉氏が管理しているらしいが、良吉氏も高齢のため近年では放置に近い状態であるようだ。

 辿り着いた貝殻公園は予想通り暫く手が入っていない感じで、草に覆われて風化が始まっている。鳥居をくぐった正面が白山神社の本殿だが、扉は閉じられていている。本殿の脇を進む豊浜漁港を見下ろせる広場には大砲のオブジェがあり、更に進むと展望台となっている白山丸があるが、周囲には立入禁止の結界が張られている。瓢箪型の白山貝塚の碑、五色観音、藤棚やベンチなど、あらゆる物がコンクリートで造られており、表面が様々な貝殻で装飾されている。神社などでよく見られる柵の柱の部分に出資者の名前が書いてあるものも、小さな巻き貝を並べて字が書かれている。そして、その出資者名だが、個人の他に地元大企業の名前も記されている。本当にこれらの企業が幾らか出しているのだろうか。
 その一角に、全く貝殻で装飾されていない石碑がある。これはこの公園の創設者山本祐一氏の顕彰碑で、もっこを担いだ氏の姿とともに、次のような文章が刻まれている。

   寸記
白山妙理大権現の御眷属龍神の霊夢に感動し
昭和三十年正月の還暦以来畚を肩に葛折りの
草覆ふ細き坂道を登りつ降りつ擔ふに物の虚
無く粉骨砕身峯の松籟に神のみ聲と聞き時偶
難有涙に咽ぶこともありしと
此の間世人の驚歎と羨望交々の中に翁は耳を
閉じ凡そ二十年の歳月を経て目を見張程山形
を美麗に改めたるも猶満足せず天才の手技を
活用せんとしつヽあり
翁は風雨寒気に厭はず曉の二時半に山に登り
一日として信仰を缺さず今日に至れり

  なんのその岩をも通す桑の弓

翁の堅忍不抜の精神は龍神の加護となり
「貝殻公園」の名聲は全國に廓大しつヽあり

  昭和五十六年二月吉日
           齋藤駒吉 撰文

 世人の声に耳を閉じたというあたりがリアルであるが、毎朝二時半には登ってきていたというのはすごい。とにかくこれだけの公園を一人で二十年掛けて作り上げたというのは大変なことである。
 それにしても、すでに展望台の白山丸には立ち入れず(展望台の屋根が崩落している)、オブジェの貝殻も剥落が目立つ。海沿いの丘の上という強い海風に晒される厳しい環境にあるので、廃墟化が進むのも早いのではないだろうか。個人所有の物件なのでどうすることも出来ない。いわゆるオヤジ系珍スポットとしてはかなり見応えのある公園なので、興味のある人は早めに訪れた方がいい。名古屋まで行ったらちょっと足を伸ばす価値はあると思う。
Photo
貝殻公園 風化しつつある白山丸

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