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2014年11月19日 (水)

あぜりあ丸の最終航海

あぜりあ丸(神新汽船)
貨客船四八〇総噸 一九八八年 三菱重工下関造船所で建造
一九八八年二月十六日~二〇一四年十一月十八日 下田~利島・新島・式根島・神津島航路に就航

 下田のあぜりあ丸が引退することになった。十月三十日に通常航海の乗り納めに行ってきたのだが、最終日の様子も見てきた。当初は船マニアらしくワンデークルージングで行こうと思っていたのだが、前の日に職場の夜間会議(飲み会とも言う)が入ったため東京発のさるびあ丸からの乗り継ぎに変更。さるびあ丸を式根島で下りて、村営船にしきで新島に渡ろうと思っていたのだが、当日あぜりあ丸は新島と神津島が条件付きという珍しい運航。ならば普通に式根島で乗り換えることにして、野伏港で一時間ほど釣りをして(ホシノエソという金魚の化け物みたいな魚が釣れた)、みやとらの弁当で昼食。野伏港に戻ると観光協会の方々が桟橋に太鼓を置いてさよならセレモニーの準備をしている。

 私が初めてあぜりあ丸に乗ったのは一九八八年八月十九日。高校三年だった私は、その年に引退するかとれあ丸(初代)に乗りたくて、神津島に旅行。せっかくだから往路は下田からあじさい丸に乗るつもりで、熱海から初島に寄り道しながら下田に向かった。前日の夕方下田の桟橋でカメラを構えていると、戻ってきたのは明るい青色の船。その年の二月に就航船が交替したことを知らなかったのだ。
 翌朝、まだピカピカのあぜりあ丸に乗り込むと、客室係の船員さんから声をかけられる。どうやら前日写真を撮っていたのを見られていたようだ。この方がtoshi@maruさんで、今日では東海汽船ファンの尊敬を一身に集める有名な方だ。かとれあ丸の写真を撮りに来たという話をすると、色々話を聞かせて下さり、かとれあ丸の写真を何枚も頂いた。以来四半世紀以上、あぜりあ丸に乗るイコールtoshi@maruさんにお会い出来るということで、楽しみが倍増している。もっとも、こちらは暇な客で、toshi@maruさんは乗務中。小さな船で客室も甲板も担当なさっているので、手を止めてしまうのも気が引ける。なかなかゆっくり話を伺う機会が無いのが残念だ。

 さて、個人的な思い出はさておき、あぜりあ丸が日本中の船マニアから注目される理由がある。全長五十六メートルの小型貨客船だが、離島航路の魅力がぎっしり詰まっているのだ。
 第一がデリックによるコンテナ荷役。これは橘丸やさるびあ丸もそうだが、離島の港湾条件が良くない(外洋に突き出した突堤での荷役)ため特徴的なT型のデリックポストを備えたデリッククレーンで荷役を行う。主に一〇フィートコンテナを積み下ろしするのだが、桟橋側では作業員が二人一組でコンテナにクレーンのフックを付け外しし、フォークリフトが次々コンテナを捌いていく。うねりが入っている時など船が大きく動揺しながらの作業になるが、見ていてハラハラする大変危険な作業である。
 第二に錨を使った離着岸作業。今日では殆どの船に装備されている船首の横移動装置、バウスラスターを装備していない。そのため、接岸時する時はまず岸壁に向かって直角に接近して右舷の錨を下ろす。その錨を支点にして右舵を切って船尾を回し、岸壁と船体が平行になったら後退して位置を決め、繋留索を巻いて接岸する。離岸は錨を巻き上げて船首を右に振り、左舵で前進をかけて出港していく(以上出船で左舷着けの場合)。現在の船ではスラスターが装備されているので平行移動は簡単だが、あぜりあ丸は離着岸のたびにこのような職人的な作業を行っているのだ。
 第三に盛大な揺れ。小型船で横揺れ防止装置のフィンスタビライザー(船底の左右に装備する可動式の羽)を装備していないため、楽しくなるほど揺れるのだ。船が揺れて喜ぶのは私たち船マニアくらいなのだろうが、ジェットフォイルや大型船では実感出来ない海の厳しさを感じることが出来る。

 野伏港に入ってきたあぜりあ丸には、十一月の平日にしては乗客が多い。見るからにその筋のカメラを持ったオッサンが多い。間違いなく私と同類の皆様方である。最終日らしく船長は制服制帽、toshi@maruさんは白いジャケットにネクタイ姿である。野伏港でのお別れセレモニーは船長と事務長へ花束の贈呈があり、あぜりあ丸からは船名入りの浮輪が贈られた。
 神津島は多幸湾へ入港。ここでは組織だったセレモニーは無かったが、てんでに集まった島民が手を振ってあぜりあ丸を見送る。荷役の最後はグーグルマップのストリートビュー撮影車で、船倉の蓋の上にデリックに吊されて乗せられる。何度も乗ったあぜりあ丸だが、乗用車を積んでいるのを見たのは初めてである。
 天気が良くて温かいので左舷側のベンチで海を眺めている。心地よい揺れでうとうとするが、時々大きく揺れて意識が戻る。至福の時間である。下田が近づくと、陽が傾いて夕日が船体を染める。神子元島を過ぎると吉佐美沖あたりに停泊している貨物船がいる。船長が双眼鏡で見ているが、あのハウスの大きいシルエットはゆり丸に違いない。明後日からフェリーあぜりあ就航の十二月までの下田航路代走に向けて待機しているようだ。
 下田湾に入ると大粒の雨が降り出す。そして桟橋に近づく頃には雹が混じり虹が出る。一日好天に恵まれたのだが、最後に雨雹虹という賑やかな天候になった。あぜりあ丸はいつも通りに下田港の桟橋に左舷付けになり、いつも通り荷役作業が始まる。これで営業航海は終了。この後は恐らくドックで整備して海外売船になるのではないかと思う。

 昭和生まれの船舶が伊豆諸島から消え、十二月からは伊豆諸島初のRORO船、フェリーあぜりあが下田航路に就航する。伊豆諸島航路の未来については、フェリーあぜりあに乗ってみてから考えたいと思う。
 最初から最後まで下田航路を全うしたあぜりあ丸。伊豆諸島航路の中では脚光を浴びることは無かったけれど、存在感のある名脇役として頼れる存在だったと思う。二十六年間ありがとう。お疲れさまでした。

141118


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