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2014年12月19日 (金)

フェリーあぜりあの初航海

フェリーあぜりあ(神新汽船)

カーフェリー貨客船 四九五総噸
全長六三メートル 全幅一二、六メートル 航海速力一五、二ノット
旅客定員二四〇名 乗用車積載一〇台
二〇一四年十二月内海造船瀬戸田造船所で建造

 神新汽船の下田~利島・新島・式根島・神津島航路に新造船、フェリーあぜりあが就航した。就航予定日だった十二月十八日は低気圧通過のため初日から欠航となり、翌十九日が営業航海初日となった。十八、十九の二日間休暇を取って、島で一泊しておいしい魚でも食べてこようと目論んだのだが、初日欠航で予定が狂い、下田で一泊の慌ただしい行程で乗りに行ってきた。

 このフェリーあぜりあが画期的なのは、伊豆諸島航路の定期船として初のランプウェイ(車輌が自走して荷役が出来るスロープ)を装備したRORO船(roll-on roll-off shipの略)、一般的な言葉で言うとカーフェリーである点であろう。伊豆諸島航路の長い歴史の中で、初のカーフェリーが下田航路に投入されたのは、観光客向けの車輌航送の実験と、旅客貨物輸送ともにジリ貧傾向の下田航路を活性化の、両方の意味合いがあるのではないか。島民からすれば、平和な島に内地のクルマが入ってくるのは不安だろう。しかし、島の観光振興のために、カーフェリー就航は最後の切り札(というほど強力な手かは疑問だが)なのだろう。

 下田港でピカピカのフェリーあぜりあに乗り込む。あぜりあ丸より全長で六、三メートル、全幅で三、六メートル大きい。下田の桟橋に着けるにはこのサイズが限界であろう。車輌甲板を覗いてみると思ったより広い。二トン車までなら船内で転回出来そうだ。残念ながら今日は車輌の航送は無いようだ。乗客はそれなりに乗っているが、あぜりあ丸の最終航海で見かけた顔が多い。彼らも私のことを「あのヲタまた来てるな」と思っているに違いない。
 タラップを上げるウインチが不調で若干もたつくがほぼ定刻で出帆。スラスターをかけて船首を振った途端、船尾が岸壁に当たってガツンと大きな衝撃が走る。防舷材と防舷材との間に船尾が当たったようだ。丸いお尻(クルーザースタン)だったあぜりあ丸では問題ない動作だが、角張った船尾(トランサムスターン)では当たってしまうようだ。
 下田の港外へ出ると海上は穏やかである。喫水が浅いので水中のフィンスタビライザーがよく見える。ローリング(横揺れ)が殆ど無いのは、このフィンスタビライザーと、横幅が拡がったおかげであろう。揺れる下田航路の印象を払拭出来そうだ。
 利島ではジェットフォイルの出航を待って時間調整。あぜりあ丸と同じく入船の左舷付けで接岸するが出港時はバウスラスタを効かせてその場で回頭する。操船は楽になったのだろう。
 新島では初めてランプウェイを下ろして荷役。船内に搭載されているフォークリフト(電池式?)が籠コンテナを運び出している。ここで疑問が湧いたのだが、ランプウェイとデリックの両方で荷役をしているのだが、同時作業の効率よりは人手が倍になることの方が気にかかる。状況によってランプウェイかデリックどちらかに荷役を集約出来ないなら、単に船員も桟橋作業員も二倍人手が必要になるのではないか。ここはあまり突き詰めない方がいいのかも知れない。
 式根島では太鼓と子供達の盛大な歓迎セレモニーが行われる。あぜりあ丸の最終航海の時も、フェリーあぜりあの初航海の時も、式根島だけが盛大にお祝いをしてくれている。子供達がボンボンを振って歓迎してくれる姿に胸が熱くなる。
 神津島は多幸湾に入港。わざと事務長には聞かなかったのだが、三浦港の港内に入るのか、さるびあ丸と同じ外側に着けるのか注目していたが、あっさり港内に接岸。狭い三浦港だがバウスラスターが付いて小回りがきくので、難なく接岸。ただし、ランプウェイを下ろす場所が決まらず、接岸してからかなり後退する。ジェットフォイル用の大きな繭型の防舷材が下りているので、舷側でギリギリ擦りながら後退するのはハラハラさせられた。

 名残惜しいが神津島で下船する。ここで飛行機に乗り継ぐのだが、島に二軒しかないタクシーがどちらも電話に出ない。船が遅れたせいでチェックイン時間まで十五分ほどしか無いので歩いては間に合わない。船客待合所の窓口の方に相談すると、あちこちに電話してタクシーを呼んでくれるが、私の他にもう一人タクシーに乗りたい人が居る。仕方が無いのでタクシーに相乗りで空港へ向かう。島のタクシーは電話すれば来てくれるというものではないようだ。

 閑散期平日の初航海で、一日欠航でずれたためパッケージツアーの客もいない静かな初航海だったが、下田航路はその方が似合っている気がする。表通りの東京航路に比べれば地味ではあるが、島民には欠かせない生活航路だ。カーフェリーの運用実績が今後どうなるのか。伊豆縦貫道の開通や、さるびあ丸代替船の仕様など、気になる要素が沢山ある。伊豆諸島航路の未来については別項に譲るが、下田航路に新造船が就航したことを素直に喜び見守っていきたい。次回はせめて島で一泊し、地魚で島焼酎を楽しむような旅がしたいと思う。

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2014年12月 7日 (日)

ノットの千人

ミューザ川崎シンフォニーホール開館一〇周年記念コンサート

独唱/(ソプラノ)エリン・ウォール、メラニー・ディーナー、アニカ・ゲルハルズ、
   (アルト)イヴォンヌ・ネーフ、ゲルヒルト・ロンベルガー、
   (テノール)ニコライ・シューコフ、(バリトン)デトレフ・ロス、(バス)リアン・リ
合唱/東響コーラス(合唱指揮/冨平恭平)、東京少年少女合唱隊(合唱指揮/長谷川久恵)
管絃楽/東京交響楽団
指揮/ジョナサン・ノット

マーラー/交響曲第八番変ホ長調

二〇一四年一二月七日(日) ミューザ川崎シンフォニーホール

 ミューザ川崎は開館記念演奏会と開館五周年記念演奏会で千人を取り上げており、開館十周年の今年は新音楽監督のジョナサン・ノットの指揮で千人を上演する。

 東響を聴くことが滅多に無いのだが、前回の五周年の時と同様で対向配置だ。対向配置の特徴として舞台上手に空間が空くので、ハープ四台、マンドリン二人、ピアノ、チェレスタ、ハーモニウムと打楽器がひと塊になって控えていると、あの一角が突然「もっと出番をよこせ-!」とか言って反乱を起こしそうな気がして楽しくなる。

 ノットの指揮は今時のマーラー。ポルタメントは無視、場面場面でテンポは結構変えるがルバートは少なめで、かなりあっさりした演奏だ。東響コーラスの合唱が大変レヴェルが高く安心して聴いていられるのだが、第二部の歌い始めや神秘の合唱など、ピアニシモ指定の部分でもメゾピアノ程度で唱わせる。安定感を重視するとそうなるのかも知れないが、音楽に緊張感が無い。全員外国勢の独唱者は、結構ハラハラする所が見られたが致命的な落っこちなどは無く、バランスの取れたアンサンブルだった。珍しかったのは第二部大詰めの「全て移ろいゆくものは」の合唱(一五〇六小節)直前の第二合唱団の女声にだけ付いているスラーをきちんと唱わせていたこと。ここを楽譜通りやったのは、他に広上淳一しか記憶に無い。広上はわざと他のパートを早めに切って目立たせていたが、ノットはあっさりやっていた。金管のバンダは舞台左右の三階席に配置。五周年の時にオルガンの前にバンダを並べ、音響的な効果をゼロにした飯森ほどひどくはないが、やはりバンダはオケと向かい合う位置に配置しないとマーラーの狙った効果が出ないだろう。

 東響は歴代の指揮者が興味の湧かない指揮者ばかりだったので、今まであまり聴く機会がなかったが、新監督がノットになって更に縁遠くなりそうだ。

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