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2015年1月25日 (日)

山田和樹マーラー・ツィクルス《第1期》

山田和樹マーラー・ツィクルス《第1期》

主催/Bunkamuraオーチャードホール
管絃楽/日本フィルハーモニー交響楽団
指揮/山田和樹

【第一回】
武満徹/オリオンとプレアデス*
マーラー/交響曲第一番ニ長調「巨人」(ハンブルク稿)
チェロ/菊池和也*

二〇一五年一月二十四日(土)オーチャードホール

 山田和樹と日本フィルによるマーラーツィクルスが始まった。二年半かけて全九回の長丁場だが、思い切って通し券を購入して全部聞くことにした。

 番号順に演奏するツィクルスなので先ずは第一番。何故ハンブルク稿という大きな疑問が立ちふさがる。ハンブルク稿の説明は省くが、推敲途中の版を使用する意図は何か。ツィクルスで交響曲を順に取り上げるなら最終稿である全集版を使うべきだと思う。ハンブルク稿は比較対象として研究用には大変興味深いが、正直生演奏で聞きたいとは思わない。山田は小林研一郎の弟子だけあって、版の問題や奏法の問題で理屈を並べるタイプではなく、演奏家として表現に重点を置くタイプと思っていたのだが。通常と違う版による演奏となると、どうしてもオーケストレーションの違いばかりが気になってしまう。私は山田がマーラーをどう料理するかが聴きたかったのであり、その為にハンブルク稿は邪魔でしかない。そしてハンブルク稿を検証する意図であるなら、ホルンを倍管にしたりするのは頓珍漢な話だ。高関健のような学究派の指揮者が検証してくれるならそれで面白いのだろうが、どちらかと言えばコバケン系の情緒派指揮者である山田とハンブルク稿は相性が悪いと感じるのである。
 演奏自体は残念だがパッとしなかった。山田がどんなマーラーをやりたいのかが見えないのだ。演奏頻度が高い曲なので、色々な演奏が印象に残っているが、小林研一郎の情緒纏綿たる表現や、ドゥダメル、バッティストーニの若さに溢れやりたい放題の演奏とも違う。コバケン流にしてはやり尽くしていないし、かといって独自の表現なども見られず、中途半端な印象が残ってしまった。まだ山田は若いのだから安全運転せずに暴れていいのではないか。客席大興奮というような演奏とも思えないのに、ブラヴォーを叫びまくるファンらしき人が多いのも興ざめだ。盛り上げたいという気持ちは解るが、あまりやり過ぎると一般客は白けるばかりだ。また、オーケストラの鳴りも今一。日本フィルが慣れないオーチャードホールの音響に戸惑っているのか、私の席(三階サイドの安い席)の問題なのか、トゥッティになると音が団子状になってしまい、何をやっているのかよく判らなくなってしまう。あと八回この席で聴かねばならないので、オケが不慣れなせいであって欲しいのだが。
 残念だがマーラーツィクルスの第一回は、ハンブルク稿を使ったことで疑問ばかりが残ってしまった。次回以降は版の問題はないと思われるので、純粋に山田のマーラーを楽しめるのではないか。今後に期待したい。

【第二回】

武満徹/混声合唱のための「うた」より
マーラー/交響曲第二番ハ短調「復活」

ソプラノ/林正子 アルト/清水華澄
合唱/東京混声合唱団(合唱指揮/山田茂)
    武蔵野合唱団(合唱指揮/秋吉邦子)

二〇一五年二月二十二日(日)オーチャードホール

 版の問題で山田が何をしたいのか判らなくなってしまった一番に比べ、二番は安心の出来であった。第一楽章冒頭から大きく間合いを取った曲作りは期待通りだ。近頃は楽譜に無い間合いや撓め、テンポ、強弱のの変化などを罪悪だと言う、自己否定的発言をする演奏家もいるが、山田はそんな戯言は薬にもせず自分の思った音楽を作っていく。楽譜なんて芝居の台本と同じ程度の記号でしかないのだから、表情を付けてテンポを変えてナンボのもの。楽譜通りの演奏なんて、臆病者の言い訳に過ぎない(武田鉄矢かよ!)。
 残念ながら肝心の第一楽章はオケが鳴らず、やや消化不良の感。ペース配分を考えすぎたのか、かなり安全運転の印象。第一楽章の後はチューニングをして独唱者を招き入れるだけで第二楽章に入る。五分以上休憩の指定は無視しているが、この程度の間で十分であり、下野のようにしっかり五分空けるまでもないと思う。
 第二第三楽章は再弱音に気を配った繊細な演奏。独唱陣は可もなく不可もなくという感じ。長い第五楽章の前半は、流石にマーラー好きの私でもダレる部分で仕方なく、金管の最高音も若干怪しい感じだったが、打楽器の大クレッシェンド以降はエンジン全開の感じでオケも十分に鳴っていた。東京混声合唱団と武蔵野合唱団の混成チームはどうしても下手な武蔵野の方が音程などで足を引っ張る感は否めないが、人数が多かったので十分に盛り上がる合唱であった。やはり、この曲の場合、合唱は少数精鋭ではなく、多少レヴェルは下がっても人数が欲しいところだ。今回の混成チームは十分期待されるレヴェルには達していたと思う。
 特別に変わったことをしているわけではないのだが、自由に曲を構築していく山田の音楽作りには共感が持てる。惜しむらくは、CD収録用のマイクが立っているせいか、踏み外しが全く見られないところだろう。山田にとって初のマーラーツィクルスだろうから、最初から完成形を目指さずに、ここからスタートというつもりでいいのではないかと思う。来週の三番でも思い切った表現をしてもらいたいものだ。

【第三回】

武満徹/三つの映画音楽
マーラー/交響曲第三番ニ短調

アルト/山下牧子
合唱/栗友会合唱団(合唱指揮/)
   杉並児童合唱団(合唱指揮/)

二〇一五年二月二十八日(土)オーチャードホール

 百人を超える生身の人間が演奏しているのだからミスがゼロと言うことはあり得ない。しかし、プロとしてやってはいけないミスがあることも事実だ。全体的に見ればよく歌わせた三番だったが、最後の最後で全員がずっこける大チョンボ。ティンパニの最後の音が合わず、「デデン」と綺麗に二つ鳴って終わった。出囃子じゃないんだからデデンで終わるなよ。指揮者がリハーサルよりもルバートしたのかも知れない。それにしたってティンパニ奏者同士がちゃんとコンタクトして、棒とは合わなくてもティンパニ同士は合わせるのがプロだろう。これに比べれば第四楽章冒頭のチューブラーベルが落っこちたのなど可愛い方だ(とは言っても大事故である)が、これとて奏者が合唱団と一緒にのんびり立ち上がっているから間に合わなかったわけで、確かに山田は合唱団が立ち上がった瞬間にアインザッツを出したが、児童合唱はちゃんと唱えていたのだから、プロとしてやってはいけない凡ミスだ。
 今回は練習不足感が満載の三番であった。元々山田は縦の線をキッチリ合わせてくるタイプの指揮者ではないが、それにしても出だしが合わない箇所が散見され、肝心のトロンボーンのソロはメロメロでお話にならない。山田は旋律をよく歌わせ、自由にマーラーの音楽を組み立てていったが、オケが足を引っ張ってしまった。前述した打楽器のミスが大減点(というより失格)だったが、シンバル奏者とトライアングル奏者がとても曲想に合った音を出していたのは素晴らしかった。肝心なところでティンパニと小太鼓の音量が足らない印象があり、ホールの構造のせいで音が上へ抜けてしまうのかと思ったが、最後の大チョンボの時の音量は十分だったのでそういうことではないらしい。
 声楽陣は女声合唱、独唱者ともにそつない好演だったが、黄色い声の児童合唱団はちょっとマーラーには厳しく感じられた。第四楽章のオーボエは楽譜通りグリッサンドしていた。また第三楽章のポストホルンのソロは舞台裏でトランペット奏者が吹いていたがとても陶酔的な好演だった。

 山田のマーラーツィクルスはこれで第一期が終わり、次は一年後だ。明らかにCD収録用と思われるマイク群がセットされているが、ここまでの内容だと音源として市販するには色々な意味でまだまだな感じがする。それにしても、毎回マーラーの前に妙な音楽を聴かされるのは苦痛。短い一、四、五番あたりは仕方ないが、それ以外の曲はマーラーだけ演奏してくれないものだろうか。

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