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2016年5月31日 (火)

最南端&最西端航路

最南端&最西端航路

ぱいかじ(安栄観光貨客フェリー)十九噸
二〇〇三年形原造船で建造

フェリーよなくに(福山海運カーフェリー)七五三噸
二〇一四年熊本ドックで建造

 長年隣の部屋に住んでいた娘が嫁に行くことになった。挨拶に来たら渡そうと思って、ご祝儀とも餞別ともつかないものを用意していたのだが、挨拶もせずに出て行ってしまった。少しまとまった金が浮いてしまったので、石垣島までの往復航空券を買った。目指すは日本最南端と最西端の定期航路である。

波照間島航路(五月十八~十九日)

 石垣島から八重山の島々には安栄観光の高速船が頻発している。サーフェースプロペラという水面を叩くような推進装置を装備していて興味深いが、乗ってさほど面白い船ではない。波照間島へは週に二往復ほど貨客フェリー「フェリーはてるま」が就航している。この船は倒産した波照間海運が所有していた、一九九〇年就航、一九四総噸という小型のフェリーだ。片道はこれに乗りたいと思ってスケジュールを組んだ。
 ところが現地で確認するとフェリーはてるまはドック入りのため運休とのこと。ただし乗船予定の便は同じ安栄観光の貨客フェリー「ぱいかじ」が代船として就航するとのこと。ぱいかじには最終日に竹富島から石垣島まで乗る予定だったのだが、ここで乗れるなら最終日を石垣島観光に宛てようかと思う。
 高速船第十二あんえい号で波照間島へ渡り、レンタサイクルで島内を散策。民宿の部屋にはヤモリが、ブロック塀にはカニが、道端にはヤドカリが、道端のため池にはメダカや大鰻が、とにかく動物の多い島だ。翌日船を待っていると港内で赤海亀が泳いでいた。
 貨客フェリーの乗船券を買おうとすると係員が「甲板のベンチしかなくて潮をかぶるような船ですよ。やめた方がいいと思いますが」と親切に助言してくれる。もちろん迷わず乗船券を購入。貨物は色々積んでいるが、乗客は私一人だ。港を出た途端に期待通りの大揺れで、昼に飲んだビールと相まって最高に心地よい。調子に乗って泡盛を飲んだりしている内に至福の二時間は過ぎてしまい石垣島に着く。波照間航路でぱいかじに乗れたのは実に運が良かった。

与那国航路(五月二十~二十一日)

 与那国島には高速船は就航しておらず。福山海運のカーフェリーが週二往復就航している。こちらはまだ就航二年目の新しいフェリーだ。片道四時間という航路だが、船内には飲み物の自動販売機しかない。生憎海上はべた凪で、滑るように船は進んでいく。西表島を越えた辺りから海鵜のような鳥が船に並走して飛んでいる。餌付けするやつも居なかろうにと思っていたのだが、やつらは船に驚いて滑空する飛び魚を狙っているようだ。全く揺れずに与那国島へ到着。民宿でバイクを借りて島内散策。ヨナグニサンは見られなかったが(興味も無いが)、とにかく蝶類が多い島だ。また集落から離れたところで野良猫を見かけた。ヨナグニヤマネコかと思ったが、柄は普通の家猫のようだった。最高所の宇良部岳の山頂は薮をかき分けなければ辿り着けないが、事前にハブのいない島だと調べてあるので怖くはない。ところが、その後、道端に二メートルはありそうな大きなヘビを発見。「ハブはいない=ヘビはいない」と勝手に思い込んでいたので、ハブだと思って総毛立つ。後で調べたところ、ヨナグニシュウダというアオダイショウの兄貴分みたいなヘビであることを知る。これも滅多に見られないヘビのようだ。
 翌日の復路もべた凪。ネット情報の「船は新しくなっても大揺れすることに変わりなし」に期待していたので拍子抜けである。石垣島に着いてももう少し船に乗りたい気がして、高速船ぱいじまで竹富島に渡り、一昨日乗ったぱいかじに再び乗船。竹富島ではスコールの中フォークリフトでの荷役作業をじっくり見物する。八重山諸島の縁の下の力持ち、ぱいかじに二度も乗船出来て、大満足の八重山旅行だった。

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2016年5月 9日 (月)

リンクの千人

NPO法人おんがくの共同作業場設立15周年記念?音楽復興支援公演?マーラー『千人の交響曲』

マーラー/交響曲第八番変ホ長調

独 唱/國光ともこ、朴瑛実、見角悠代(ソプラノ)、増田弥生、清水華澄(アルト)、
    望月哲也(テノール)、大井哲也(バリトン)、青山貴(バス)
合 唱/新星合唱団、東京オラ トリオ研究会、東京ライエンコーア、小平コーラス・アカデミー、
    立川コーラス・アカデミー(指導/郡司博、渡部智也、内藤裕史)
    FCT郡山少年少女合唱団 (特別出演、指導/渡部昌之)、
    多摩グリーンロタキッド・クラブ(指導/鈴木直人)、
    オーケストラとうたう杜の歌・こども合唱団(指導/津上佳子)、
    三鷹中央学園三鷹市立第三小学校合唱団 (指導/小林荘子)
管絃楽/ブルーメン・フィルハーモニー
指 揮/ジェフリー・リンク

二〇一六年五月五日(木祝) 東京芸術劇場

 NPO法人おんがくの共同作業場は合唱指揮界の重鎮、郡司博が指導するアマチュア合唱団をまとめて制作面の面倒を見ている団体だ。アマチュア音楽団体共通の悩みである裏方不足を解消する、複数の団体が共同で制作部門を持つという画期的な方法で、今年で創立十五年とのこと。その記念演奏会を聴く。

 まず千人をやる上で気になるのは編成の大きさ。オーケストラは十四型で、管楽器などは最小編成(ハープ二、マンドリン一)、ティンパニは一対、ハーモニウムは電子楽器。合唱はおおよそ混声二百、児童七十名。千人の上演規模としては小さめで、芸劇の舞台とバルコニーA列を一杯にして張出舞台は組まずに舞台に乗せきった。独唱者は指揮者の左右、第三ソプラノはオルガンバルコニーに、金管のバンダは三階席上下の通路に配置されていた。

 演奏は大人の千人という印象。どうしてもアマチュアの千人というとエキサイティングな演奏を想像してしまうが、合唱もオーケストラも温度は上がっても決して叫んだり怒鳴ったりにはならず、踏み外しのないものだった。リンクの指揮は全体的に速めのテンポで進んでいくが、テンポの動きやルバートは随所に見られた。基本的な流れや決め所の感じはインバルに近いのだが、同じような音楽作りでもインバルに感じた厳しさのようなもの(デュトワはもっと厳しい感じがした)が感じられず、常に穏やかな雰囲気であり、オーケストラも合唱も楽しんで演奏している印象であった。また、独唱陣は全員が音域的に苦しかったり、音量的にかき消されがちだったりという場面はあったが、突出した人のいないバランスの取れたアンサンブルであった。これはオーケストラの編成が小さめで、指揮者がバランスに気を配っていた結果かも知れない。オーケストラはアマチュアらしい金管楽器の裏返りや、シンバルの打ち損ないなどはあったが、決して事故というレヴェルではなく、リンクの丁寧な棒の下落ち着いた演奏を繰り広げていた。

 派手さの無い演奏だったので、客席も千人にしては大人しい反応だったが、私にとっては満足度の高い演奏だった。一九九〇年代位までは、取り上げるだけで事件だった千人。当然演奏はエキサイティングで、客席は興奮の坩堝というのが普通だった。それに比べると上演機会もずっと増えて、普通の演目になった千人を様々なアプローチで聴けるのは嬉しいことだ。欲を言えばアマチュアらしい踏み外しがあってもよかったが、今や合唱指揮界の大御所となった郡司にそれを求めるのは筋違いだろう。

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