« 2016年9月 | トップページ | 2017年5月 »

2017年3月27日 (月)

広上/京響の千人

京都市交響楽団第六一〇回定期演奏会

マーラー/交響曲第八番変ホ長調

独唱/髙橋絵理、田崎尚美、石橋栄実(ソプラノ)、清水華澄、富岡明子(アルト)
   福井敬(テノール)、小森輝彦(バリトン)、ジョン・ハオ(バス)
合唱/京響コーラス他、京都市少年合唱団(合唱指揮:小玉晃、浅井隆仁)
管絃楽/京都市交響楽団
指揮/広上淳一

二〇一七年三月二十六日(日)京都コンサートホール

 このブログもすっかりやる気が無くなって、最近では鮎釣りと千人の報告しか書いていない。もうやめてもいいんだけど何となく惰性で、と言うよりは自分の備忘録として書いている感じがする。

 京響を聴くのは二回目。前回は四半世紀以上前。京都会館でヤマカズの指揮だった。マーラーの千人も最近はそつなくまとめた演奏が多くガッカリすることが多いが、広上は期待通りの大名演。テンポの動きや表情の付け方などやりたい放題で気持ちがいいし、オーケストラも合唱もよく要求に応えていた。広上は合唱に弱音を求めず、第二部のバリトンのソロまでの部分や、最後の神秘の合唱もメゾピアノくらいで唱わせていた。朝比奈の録音などもそうだが、やはりここは大人数の合唱が微かに唱うという効果があった方がいいように感じた。合唱は混声二百人、児童七〇人くらいの規模で、広上の要求によく応える好演。児童合唱の発声も素晴らしい。独唱陣は八人中三人が代演であったが、女声が好演。特にソプラノの二人(髙橋、田崎)がここ一番で素晴らしい声量を出して、いいアクセントになっていた。一方でこちらも代演のテノールはいつも通りカラオケオヤジ的歌唱で不愉快。バスはアンサンブルでは良かったが、第二部のソロは一本調子な上に声量も足らなかった。
 オーケストラは十六型。ハープ二、マンドリン一。指揮者を囲むように独唱者を配置し、その奥(第二アルトの後ろ)にマンドリンとチェレスタを配置。バンダはオルガンの下手にある高いバルコニー、第三ソプラノは合唱とオルガンの間の仮設の台の上。ティンパニは三台づつ二組で、zu2の両手打ちは無し。チューブラーベルを使わず鉄の棒のようなものを叩いていたので、そこだけ復活の最後みたいでおかしかった。
 最後の大合唱の直前(一五〇五小節)の第二コーラスの女声だけにスラーが付いているのを気がつかせてくれたのは二〇〇四年の広上/日本フィルによる演奏だったが、今回はかなりデフォルメして、他の全パートを全部切ってかなり引っ張っていた。ちょっとやり過ぎな感じもするが、実演だからこれくらいでいいと思う。第一部の最後でテンポを煽ったり、バンダや第三ソプラノの配置など、部分的に広上の表現は私のイメージとは異なるが、これだけ思い切った表情付けをしてくれれば、そんな不満は吹っ飛んでしまう。指揮者の仕事とはこういうことだと思う。
 広上淳一はお互いにまだ緑の黒髪華やかなりし頃から聴いているが、一時大人しくなったように感じていた。しかし、今回の千人は二〇〇四年に日本フィルで聴いたときより遥かに素晴らしくやり尽くしている。広上が化けたのか、京響との相性がいいのか。これが在京オケだったら、広上を聴くために定期会員になりたいところだ。

| | コメント (0)

« 2016年9月 | トップページ | 2017年5月 »