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2017年5月23日 (火)

バッティストーニの春の祭典

東京フィルハーモニー交響楽団第八九二回オーチャード定期演奏会

ヴェルディ/歌劇「オテロ」第3幕~舞曲
ザンドナーイ/歌劇「ジュリエッタとロメオ」~舞曲
ストラヴィンスキー/舞踊音楽「春の祭典」
外山雄三/管弦楽のためのラプソディ~八木節(アンコール)

管絃楽/東京フィルハーモニー交響楽団
指揮/アンドレア・バッティストーニ

二〇一七年五月二十一日(日)Bunkamuraオーチャードホール

 バッティストーニが春の祭典を振るというので、聴いてみることにした。金曜夜のオペラシティと日曜昼のオーチャードホールとの二択だが、迷わずオーチャードホールを選択。どうも、オペラシティというホールは大編成のオーケストラには不向きという印象が強いのだ。その点、オーチャードホールは音響自体は悪くないと思う。ところが、会場に向かおうとすると渋谷周辺は何やら祭りをやっていて、道玄坂通りも文化村通りも横切ることが出来ない。春日八郎が「ラブラブ渋谷」と唄う渋谷音頭に合わせて踊る人々を暫し眺めてから会場へ辿り着く。

 曲目を眺めると踊りがテーマなんだなということが理解出来る。前半の二曲は聴いたことがないが、後半が春の祭典一曲だから結構長い曲なのかと思っていると、二曲合わせて十五分程度。と言うことは演奏時間正味五〇分ということになる。死にかけの爺さん指揮者じゃあるまいし、若い指揮者が組むプログラムではない。バッティストーニはいつから大巨匠になったのか。本人が決めた曲目だとしたら、思い上がりも甚だしい。

 ヴェルディとザンドナーイの舞曲は楽しい小品。あっという間に終わって休憩。お目当ての春の祭典は、冒頭のファゴットの第一音を、ヴィブラートをかけて目一杯伸ばす。冒頭から遊んでくれて面白い。ただし、第一部はそれ以外に大きな外連もなく、前へ前へ進む演奏。東フィルも良く鳴って迫力満点だ。圧倒的な迫力のまま第一部は走りきる。この調子で第二部も突っ走るのかと思ったら、十一連打から少し行ったところで突然大きくテンポを落とす。これは大変面白かった。そしてコーダ直前(練習番号一八〇)でもう一度大きくテンポを落とす。それも直前のルフトパウゼを大きく取って、トロンボーンのグリッサンドを強烈にデフォルメするので、かなりのインパクトがある。春の祭典のような複雑な曲の場合、急にテンポを変えると何が起こったのか解らなくなる事があるが、バッティストーニもそれを狙ったのだろう。一瞬わけが解らなくなったが、暫くすると何が起こっているのか理解し、「やられたあ!」と思う。バッティストーニには急なギヤチェンジや、急な最弱音などで何度か驚かされているが、今回もしてやられたりという感じだ。ところが、コーダで再び普通のテンポに戻ったところから、何故だか急に緊張感が緩んでしまい、オーケストラも全然鳴らなくなる。自分の集中力が途切れたせいかと思ったのだがそうではない感じだ。結局そのままコーダまで行ってしまい、あっけなく終了。何が起こったのかはよく解らなかったが、最後まで緊張が持続すればかなりの名演だったと思うので残念である。
 何回かのカーテンコールの後、流石に短すぎると思ったのだろう、本定期にしては珍しくアンコール。それも、外山雄三のラプソディから八木節。音楽鑑賞教室以外ではなかなか演奏されない曲なので、素直に生で聴けて嬉しい。ただ、春の祭典の後にやるアンコール用選曲としてどうかは疑問が残る。

 アンコールをやっても終演は十六時半。休憩、アンコール込みで九〇分という、とても短い演奏会だった。今回も録音用のマイクが立っていたが、今日の演奏はCDにはならないのではないか。二日前のオペラシティでは、最後まで緊張が持続したのだろうか。

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2017年5月15日 (月)

山田和樹マーラー・ツィクルス《第3期》

山田和樹マーラー・ツィクルス《第3期》

主催/Bunkamuraオーチャードホール
管絃楽/日本フィルハーモニー交響楽団
指揮/山田和樹

【第七回】
武満徹/夢の時
マーラー/交響曲第七番ホ短調「夜の歌」

二〇一七年五月十四日(土)オーチャードホール

 山田和樹と日本フィルによるマーラーツィクルスも早いもので三年目。昨年の第2期は回毎に調子が上がっていったが、残り三曲をどう料理するか楽しみである。

 第七番「夜の歌」は、マーラー好きの私でも、ツィクルス以外では滅多に聴かない曲だ。今まで聴いた中で名演だったインバルやベルティーニも、単純に大名演イコール大感動とはならず、演奏が良い分曲の駄目さが引き立ってしまう。不出来、もとい難解な曲なので、バーンスタインのような完全憑依型で行かないと誤魔化しが効かないと思う。
 第一楽章は冒頭からテノールホルンとホルンがヨレるが、これはよくあること。山田は期待通り濃厚な表情付けで音楽を進めていく。テンポも自在でいい感じだ。中間の三つの楽章もたっぷり唄わせる音楽作りで好ましい。大騒ぎの第五楽章はとにかく前へ前へ進める演奏。オーケストラも良く鳴って迫力満点。この曲、特に終楽章はマーラーの分裂気質の極みで、冷静に聴くと何が言いたいのかさっぱり解らない。だからこの曲は聴き手に考える隙を与えてはならず、演奏者は「これでもか!」を連発しなければならないと思う。日本フィルも随分世代交代が進んで若い楽員が多くなったので、山田が次々繰り出す「これでもか!」にしっかり応えていた。期待通り、いや期待以上の名演で、この調子で残りの二曲も突っ走ってもらいたいものだ。ただ、八番は勢いで何とかなるが、九番はそうは行かないだろう。どうなるか楽しみである。

 舞台上にはいつも通り録音用のマイクが並んでいた。今回は第一楽章の頭だけ差し替えればCD化出来ると思う。本ツィクルスでは第二番、第六番がCD化済みで、近く第四番もCD化されるようだ。私の印象では四番はCD化するような演奏ではなかったと思うのだが。個人的にはCD化するなら良いも悪いもひっくるめて編集無しで全曲CD化してくれれば、記録として価値があると思うのだが。

【第八回】
武満徹/星・島
マーラー/交響曲第八番変ホ長調「千人の交響曲」

独唱/林正子、田崎尚美、小林沙羅(ソプラノ)、清水華澄、高橋華子(アルト)
    西村悟(テノール)、小森輝彦(バリトン)、妻屋秀和(バス)
第一混声合唱/武蔵野合唱団(合唱指揮/佐藤洋人、秋吉邦子)
第二混声合唱/栗友会合唱団(合唱指揮/栗山文昭)
児童合唱/東京少年少女合唱隊(合唱指揮/長谷川久恵)
二〇一七年六月四日(日)オーチャードホール

 八番は満席完売につき土曜日に追加公演が行われたそうだ。前回の七番が素晴らしい出来だったので、期待して「千人」を聴く。
 冒頭からカロリー満点の千人だ。七番までと違って、二日目という条件が余裕になっているのかも知れない。テンポは速めだが、ガンガン鳴らして音楽を進めていく。凝縮型の音楽作りだが、はち切れそうに表現が詰まっている感じがする。そして、押しの一手なのかと思うと、シンバル三組(練習番号六四)の手前でテンポを落としていく所など、実に堂に入った表現で、こうでなければと思わせる説得力だ。この感じのアプローチだと心配だった、コーダの加速(練習番号九一から)も無く、合唱の上行音階をしっかり唱わせるという、理想的な第一部だった。
 第二部はテンポは中庸だが、ドラマティックな表現で、濃い表情の音楽だ。特筆すべきはフレーズの移行部分で十分な撓めを持たせていること。楽譜に書いていないからテンポは動かさないという、浅はかな指揮者(と書くとデュトワなども含まれてしまうが)が多い中で、インテンポよりずっと自然で音楽的な表現だ。テンポを自在に操りながら伸び伸びと音楽を進めていく。特に第二部では合唱の表現が徹底されていて、アマチュアと思えない表現力である。最後の神秘の合唱以降も圧倒的。広上が強調した第二コーラス女声のスラー(練習番号二一三の前)の部分は間を空けないが、音楽的にはこの方が自然だ。圧倒的な説得力の千人であったと思う。
 日本フィルは若干縦の線が怪しいところがあったが、十分検討していたと思う。合唱のレヴェルの高さは特筆もの。特に第一コーラスの女声が良かった。児童合唱も期待通りの出来。独唱陣は第二ソプラノと第一アルトが好演。第一ソプラノと第二アルトは表現が過剰でちょっと鬱陶しさを感じた。テノールはリリックな唱い方が個人的にはとても好きだが、高音が苦しく音程が怪しかったのがやや残念。独唱はオーケストラと合唱の間だったが、やはり第二部の事を考えると舞台前面に配置した方がいいと思う。
 備忘録として、絃は十六型、五管編成でホルンのみアシ一。ハープは見えなかったので不明。ティンパニは四台二組。第一部のzu2は二人で両手打ち。第二部のzu2は二人が両手で二台づつ叩いていた。また、第二部コーダはティンパニを二台重ねていた。マンドリンは一台で第二ヴァイオリンとヴィオラの間。バンダは編成通りで、三階LとR1列7~11列の後ろ(上手がトロンボーン、下手がトランペット)、栄光の聖母は三階席横通路の下手寄りに配置。

 今年は広上、山田と個性的だ大満足な千人が二回も聴けて本当に有り難い。四回もあったのに、及第点は一回だけという昨年に比べると実り多い年である。
 山田のマーラーも九番を残すのみとなった。尻上がりに調子を上げているので、最終回も大いに期待したい。出来れば番外編で、十番のアダージョと大地の歌をやってくれないだろうか。

【第九回】
武満徹/弦楽のためのレクイエム
マーラー/交響曲第九番ニ長調

二〇一七年六月二十五日(日)オーチャードホール

 山田和樹と日本フィルによるマーラーツィクルスも遂に最終回。段々調子が上がって来ている感じなので、大いに期待して第九番に臨む。

 まず気がつくのはオーケストラの並べ方。山田はずっとストコフスキーシフトの、下手から第一ヴァイオリン、第二ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、コントラバスの順番で並べていたが、今回は第二ヴァイオリンとヴィオラが入れ替わり、チェロバスが上手側に来る対向配置。第一ヴァイオリン第二ヴァイオリンの掛け合いが多い曲なので、これは効果的である。
 第一楽章は不完全燃焼。表情付けやテンポの動きなどはやりたいようにやっているのだが、何だか迫ってこないのだ。ちょっと馴れ合い感が出ている感じもする。更に管楽器のソロが集中力に欠けて不安定なのも気になる。四番の時にも感じたが、オーケストラが表面上は従っているけど心から共感はしていない、所謂お仕事モードの演奏に感じる。八番の時と同様にチューブラーベルを使わずに鉄板のような物を叩かせていたが、これが音程が悪くて身悶えしそうな代物。のど自慢チャイムを使うと音が明るすぎるというのは理解するが、突然音痴が紛れ込んだみたいで違和感がありすぎる。
 第二楽章は平凡。ホルンの三拍目の十六分音符を強奏するのはいいが、揃ってないので五連符に聞こえるのは困ったものだ。表現が全体に暑苦しいのも困ったもの。この楽章は軽妙洒脱諧謔にやってもらいたいのに。
 第三楽章も無難な出来。トランペットのソロは好演だったが、最後の加速も上滑り気味で、オーケストラが表面だけなぞっている感じ。
 第四楽章は日本フィルの絃の弱さが不満。山田は相変わらず濃い表情付けで音楽を進めていく。始まってしばらくはいい感じだったが、中盤から後半にかけて再びお仕事モードの演奏。ポルタメントのデフォルメなど面白いはずなのに、やはりオーケストラが共感していないのだろう。ヴァイオリンの踏ん張り所も、対向配置が功を奏して舞台面一杯にヴァイオリンの音が拡がるのは狙い通りの効果が出ていると思ったが、如何せん音量不足。配置の工夫より音量が欲しかった。通常だと息が詰まるコーダも、音量的にはかすかなピアニシモでも緊張感が感じられない。こんなに冷静にこの曲のコーダを聴いたのは初めてかも知れない。

 何故だか最後でオーケストラの共感が薄く感じ、練習でケンカしたのかと心配になる。期待が大きかった分、今回の演奏には不満が残る。
 メモとして編成は十六型で、配置は前述の通り。ホルンのみアシ一で、他はスコア通りの編成。暇な第二ティンパニが要所要所で重ねられていたのはいい処理だと思う。管楽器を重ねるのと違って打楽器を重ねるのは見ていてすぐ判るから面白い。
 とにかくも、三年かけてマーラーの交響曲全曲を完奏したのは立派だし。それを同じホールの同じ席で聴けたのは貴重な経験だった。合格点は二、五、六、七、八番。山田はまだ若いのだから、マーラーについてはここをスタートにして演奏を重ねていって欲しい。出来ればこのツィクルスの補完編として十番のアダージョと大地の歌を、このオーチャードホールで取り上げてもらえないだろうか。

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