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2017年7月18日 (火)

インバルの大地の歌

都響スペシャル

マーラー/交響詩「葬礼」
マーラー/大地の歌
コントラルト/アンナ・ラーション
テノール/ダニエル・キルヒ
管絃楽/東京都交響楽団
指揮/エリアフ・インバル

二〇一七年七月十七日(月祝) 東京芸術劇場

 インバルが大地の歌をやるというので、当然聴きに行った。二〇一二年からのマーラーツィクルスとその他の演奏会でクック版十番を含む番号付きの交響曲全部と嘆きの歌を聴いてきたので、その集大成として大地の歌を聴き逃すわけにはいかない。

 プログラムの前半は交響詩「葬礼」。マーラー好きを自認しながら、この演奏会の広報を見るまで知らなかった曲だ。細かい説明を省くと、交響曲第二番の第一楽章の完成前の形である。交響曲第二番として完成した形を聴き慣れているので、それとの比較という形で楽しむしかない。どうしても推敲途中という印象になってしまうのは仕方ないだろう。まだ運命や新世界しか聴いたことのなかった頃に戻って、交響曲第一番「巨人」のハンブルク稿や、この交響詩「葬礼」を先に聴き込んでから、「巨人」や「復活」を聴いたらどんな感想を持つのだろう。

 大地の歌は歌手の力で出来不出来が決まる曲なので難しいと思う。第一楽章はテノールの声量が全然足らない。しかし、そもそも実演でこの曲をオーケストラの音量に負けずに唱える歌手など居るのだろうか。録音では絶世の名唱と思わせるヴァルター盤のパツァークだって、客席で聴いたらろくに聞こえないのではないか。テノール歌手にとってかなり技巧的に困難な曲なので、速めのテンポで難しいところはしっかり三つ振りにするインバルと、それにキッチリ合わせて唱うキルヒ。好き嫌いで言えば、もっとスローテンポで唱いきれない位の表現が好きだが、これはこれで大健闘だと思う。
 コントラルトのラーションは声量も十分、表現も堂に入っており素晴らしい。インバルも自由自在の表現で流石だ。第二、第四楽章も素晴らしいが、何と言っても最後の第六楽章が肝だ。インバルの指揮は老練で、都響との息もピッタリ。長い信頼関係の賜である。そしてラーションの独唱も絶品。冒頭から素晴らしかったが、ハープとマンドリンの刻みの上でフルートが中国っぽい旋律を奏でる部分(練習番号二十三)辺りからは何やら別次元の雰囲気になって、コーダまではあっという間の出来事のようだった。ソリストが「ewig, ewig」と唱い出したとき、この音楽がもうすぐ終わってしまうことが残念でならない気持ちになった。

 世界に上手いオーケストラと上手い指揮者は幾らもあるだろうが、これだけのマーラーを聴かせる組み合わせは滅多にないだろう。ツィクルスが終わってしまい、インバルが都響でマーラーを取り上げる機会はこの先そう多くはないかも知れないが。又機会があったら聴き逃せないインバル都響のマーラーである。
 今日の演奏も是非CD化してもらい。四番同様にCD用に補正したバランスで聴き直してみたい。

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