エッシェンバッハの千人
PMFプレミアム・コンサート
マーラー/交響曲第八番変ホ長調
独唱/エリン・ウォール、吉田珠代、安井陽子(Sop.)、藤村実穂子、山下牧子(Alt.)、
ニコライ・シュコフ清水徹太郎(Ten.)、町英和(Bar.)、ミハイル・ペトレンコ(Bas.)
合唱/PMFプレミアム合唱団、札幌大谷大学芸術学部音楽学科、
北海道教育大学岩見沢校音楽文化専攻
児童合唱/HBC少年少女合唱団
管絃楽/PMFオーケストラ
指揮/クリストフ・エッシェンバッハ
二〇一九年七月二十一日(日)札幌コンサートホール
パシフィック・ミュージック・フェスティバル(以下PMF)が三十周年を迎えてマーラーの交響曲第八番(以下千人)を取り上げる。私は国内で演奏される千人は全て聴くと決めているので聴きに行くことにした。
まず良かったことを書く。PMFオーケストラはプロと学生の混成オケみたいなものだが、一人一人のレヴェルは高い。音がひっくり返ったりするアマチュアらしいミスは無かった。合唱は実態はよく判らないが、地元の大学生も動員して音程もしっかりしていた。人数が多いので舞台の両サイドの客席まで合唱が配置されているので、一階席の中程にいると第一合唱と第二合唱の掛け合いが立体的に聞こえて、マーラーの意図が上手く表現できていたと思う。そして特筆大書したいのはテノールの独唱。プログラム冊子にはニコライ・シュコフとクレジットされているが、漫画家のやくみつるを若くしたような日本人らしい歌手だった。この人のテノールが絶品。何より声質が素晴らしく曲に合っている上に、表現が実に堂に入っている。大昔にFMで聴いた渡邉曉雄/日本フィルの小林一男(一九八一年)に並ぶ歌唱をやっと聴くことができた。あの人は一体誰だったのだろう。通常だとプログラム冊子に挟み込みが入っているものだが、謎のままである。その他の独唱陣は合格点の出来。後述するバス以外は大きなミスも無く、第三ソプラノの澄んだ声質も好ましかった。
続いてダメだったところ。指揮者。これに尽きる。エッシェンバッハという指揮者は名前は知っているが初めて聴く。PMFの音楽監督を務めているのだから、大変な人格者で若者たちから尊敬されている人なのだろう。しかしダメなものはダメ。曲に対する理解も表現欲も全く感じさせないし、交通整理をする棒の技術も無い。音楽好きの爺さんがレコードに合わせて指揮真似をしているレヴェル。棒と音楽がオンタイムな上に、前拍を打たない指揮なので、下手でもないオケに落っこちが散見される。この棒じゃバスのソロはヤバそうだと思っていると、案の定バスソロは一小節ずれる。全体的に遅めのテンポ設定だがメリハリが無く、私が拡散型と呼んでいる音楽が広がっている音楽作りとはほど遠く、ただ緩い音楽が続いていく。怪我の功名だったのは第一部の最後。バンダが加わるところからテンポを上げて、合唱の上行音階をかき消してしまう指揮者が多いが、遅いテンポでもたもたしていたので合唱が良く聞こえたところのみが指揮者の手柄か。
私は数十年前音楽関係の仕事をしていて、PMFオーケストラの東京公演に関わったことがある。実行委員会のスタッフは身勝手な連中で、文化祭の高校生レヴェル。段取りも最低で、演奏終了後も楽屋で打ち上げを始めるなどダラダラしていて大幅にホールの使用時間を超過。超過料金を請求されるとホールスタッフを悪罵するという、チンピラみたいな人たちだった。三十年も続いているのだから、今ではそんなスタッフもいないのだろう。
バーンスタインの遺志を継いで、毎年盛大に開催されているPMFだが、正直なところ私は全く興味が無い。バーンスタインは指揮者としては大好きだが、死ぬ間際にちょっと関わっただけで、残りわずかな時間で学生の指導をするよりは、千人の新録音を残してもらいたかったと思う。そもそも私はフェスティバル的なものが好きでなく、普通の演奏会が好きだ。少なくとも今回のエッシェンバッハの千人よりは、四月のコバケン群響の英雄の方が遙かに感動的な演奏だったと思う。
まあ、演奏会を口実に札幌まで行って、味噌ラーメンとジンギスカンを食べてきたからそれで良しとしよう。ところであのテノールは誰だったのか?
(追記)
PMFのウェブサイトを見たところ、テノールは清水徹太郎という人だったようだ。という事は去年びわ湖で唱っていた人だ。びわ湖では席が遠かったせいか、今回ほどいいとは思わなかったのだが……。それにしてもPMFのウェブサイトには代演について一言も触れられていないようだ。結果オーライだったので別に文句は無いのだが、何だか違和感が残る。
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