2018年10月15日 (月)

名古屋フィルハーモニー交響楽団第四六一回定期演奏会

名古屋フィルハーモニー交響楽団第四六一回定期演奏会

マーラー/交響曲第八番変ホ長調

独唱/並河寿美、大隅智佳子、三宅理恵(Sop.)、加納悦子、福原寿美枝(Alt.)、
   望月哲也(Ten.)、宮本益光(Bar.)、久保和範(Bas.)
合唱一/グリーン・エコー
合唱二/名古屋市民コーラス、名古屋混声合唱団、一宮第九をうたう会、
    混声合唱団名古屋シティーハーモニー、クール・ジョワイエ
合唱指揮/河辺康宏、荻野砂和子、神田豊壽
児童合唱/名古屋少年少女合唱団(合唱指揮:水谷俊二、谷鈴代)
管絃楽/名古屋フィルハーモニー交響楽団、、中部フィルハーモニー交響楽団
指揮/小泉和裕

二〇一八年一〇月一二日(金)、一三日(土)名古屋市民会館大ホール

 基本的な曲作りは先日の九響と変わらないが、充実感は大きく違った。九響を聴いた時も非常な感動と満足感を感じられたが、名フィルはそれを上回る。間違いなく今年のマラ八ラッシュの中で白眉の演奏と断言出来るだろう。私が聴きたいのはこういうマーラーである。とは言え、何か特別な外連があるわけではなく、旋律をたっぷり歌わせ、呼吸を大きく取り、時にテンポにメリハリを付けるという、ごく普通の事をやっているだけなのだ。フルトヴェングラーの逸話を持ち出すまでもなく、いい指揮者というのは立っているだけでいい演奏になるのだと思う。先日の九響と今回の名フィルを聴いて、今まで堅実な中堅指揮者という認識だった小泉和裕が、いつの間にか巨匠の域に達している事を感じた。
 小泉が指揮する音楽を聴いていると、自然体で小賢しい所は無い。テンポの動かし方や表情の付け方も極端ではないのだが、何とも恰幅が良く安心して聴いていられる。マラ八では、昨年聴いた広上淳一も素晴らしかったが、広上にはまだ計算ずくな所があり、思わぬディフォルメに感心しつつも、ちょっと音楽の流れが止まってしまう感じがあった。その点で、小泉は大向こうを唸らせようという意識は感じられず、自由に思ったとおりの音楽を作っていく感じだ。あまり練習できっちり作り込んだ感じではなく、大きく方針を決めて、後は奏者の自発性に任せている印象なのだ。なので、音楽に身を委ねていて誠に心地よく、いつまでも音楽が終わらないでほしいという気持ちになる。とにかく素晴らしいマラ八で、今まで聴いたマラ八の中でもベストを争う出来であったと思う。
 備忘録として、絃は二〇型、テューバ二、ハープ二、マンドリン一、ティンパニ三台×二人で両手打ちは無し。鐘はチューブラーベル使用。第一部のシンバルは一回目が吊りシンバル×三、二回目が合わせシンバル×三。第二部の冒頭、シンバルは摩擦奏法なし。独唱はオケと合唱の間。合唱の並びは奥が男声、手前中央が児童で両側が女声。金管バンダは上手側の花道に配置、栄光の聖母は下手の側壁にある照明用?の窓から唱っていた。
 独唱は第三ソプラノ、第二アルト、バリトン以外は九響と同じ。九響同様第二ソプラノが大変素晴らしく、特に第二部の罪を悔いる女の最後の所は鳥肌が立った。九響ではいなかった第三ソプラノ、第二アルト、バリトンは好演、一方でテノールは頑張っていたが声質が悪く、バスは音量が足りなかった。第一ソプラノは、最後の神秘の合唱でハイCの後の二つの音を唱っていなかった(又は聞こえなかった)。九響ではハイCを絶叫した後、息継ぎをして歌っていたと記憶しているが、二日ともそうだったので、ここは指揮者の解釈(妥協?)なのかもしれない。
 合唱は地元の合唱団で、第一コーラスと児童合唱は単一の団体、第二コーラスは五団体の合同。特別上手というわけではないが、よく纏まって安定感があった。小泉は合唱団を第一部では立たせたまま、第二部でも立ったり座ったりを最小限にしていたが、これは素晴らしいと思う。全曲立っていろとまでは言わないが、某アマチュア合唱団みたいにやたら立ったり座ったりするだけでなく、第二部の最初は座って唱うみたいなやり方は気が散っていけない。また、初日は合唱団員が二人倒れてハラハラしたが、二日目は倒れる人はいなかったようだ。今回の合唱を聴いて、先日の読響のときに音大生合唱団に感じた纏まりの無さは、声の若さ故ではないかと改めて感じた。

 今回は愛知芸術劇場が改修中の為、古い名古屋市民会館での公演だったが、舞台が広く取れるので結果的には良かったのかもしれない。オルガンが電子オルガンだったのは残念だが、音響的にも過剰な残響はかえって邪魔な曲なので、各パートが見通良く聞こえたと思う。
 今回は金土定期の二日とも聴いたが、三日目があったらもう一度聴きたい。それぐらい素晴らしいマラ八だった。名古屋まで遠征して本当に良かった。

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2018年10月 9日 (火)

関西グスタフ・マーラー交響楽団第八回演奏会

関西グスタフ・マーラー交響楽団第八回演奏会

マーラー/交響曲第八番変ホ長調

独唱/安藤るり、老田裕子、端山梨奈(Sop.)、八木寿子、福原寿美枝(Alt.)、
   二塚直紀(Ten.)、小玉晃(Bar.)、武久竜也(Bas.)
合唱/京都大学音楽研究会ハイマート合唱団、大阪混声合唱団有志
児童合唱/寝屋川市立第五小学校、メイシアター少年少女合唱団
管絃楽/関西グスタフ・マーラー交響楽団
指揮/田中宗利

二〇一八年一〇月八日 京都コンサートホール

 関西のアマオケによる千人。備忘録として、オケは十六型くらいで、対向配置。チェロが下手でコントラバスは正面一番奥。ピッコロ、小クラリネット各一。ハープ二、マンドリン三(絃楽器と持ち替え)。合唱は第一が約八〇名、第二が約七〇、児童が約二〇名で、並びは下手から男声、女声、児童、女声、男声。金管バンダは第一部がオルガン下手のボックス、第二部は上手側のオルガンと合唱の間。独唱者は第一部が舞台前面で、下手がソプラノ、上手がバス。第二部は合唱の前(P席一列目)で、バスの上手に栄光の聖母。マラ八を随分聴いてきたが、栄光の聖母が他の独唱者と並んでいるのは初めて見た。ティンパニは二組で両手打ちは無し。マンドリンを絃楽器奏者(第一ヴァイオリン、第二ヴァイオリン、ヴィオラ)が持ち替えるというのは、プロには出来ない素晴らしいアイディアだ。一ヶ所に纏まっていないのでバラバラに聞こえたのは御愛嬌であろう。
 今回のマラ八ラッシュの中では、技術レヴェルは一番低く、人数も最小限(児童合唱は最小限未満)だが、これでマラ八が上演出来てしまうと云うのは凄いと思う。絃のレヴェルは十分。昔はアマオケと云えば絃が揃わなかったものだが、昨今のオケは本当にレヴェルが高い。金管の高音が盛大にひっくり返ったり、ここ一番でシンバルが空気打ちをやらかしたりしていたが、オーケストラのメンバーは楽しそうに演奏していた。合唱も人数が少なく音量は不足気味ではあったが、よく練習している感じだった。二つの常設合唱団が第一コーラスと第二コーラスを分担しているので、技術的にはもう一歩だが、よく纏まっていたと思う。先日の音大生寄せ集め合唱団(読響)は一人一人はちゃんと歌えていても合唱団としての纏まりが感じられなかった。音大生レヴェルを寄せ集めて一夜漬けで唱わせるよりは、下手でも常設の合唱団がしっかり練習した方が出来がいいようだ。児童合唱は頑張っていたが、さすがにこの人数(メンバー表によれば十八人)ではどうにもならない。客席の最前列にでも並べないと聞こえないだろう。
 独唱陣はとても良かった。特に女声の四人が素晴らしいアンサンブルを聴かせていた、またテノールも特筆に値する素晴らしさで、感動的だった。一方、バスは音量的に苦しく、栄光の聖母は雰囲気の無い歌唱だった。
 指揮者は時にテンポをぐっと落としたりして、なかなか面白い部分があった。職業指揮者なのかどうかはよく判らないが、オールアマチュアのこの面々をよくぞここまで纏めたと思う。一方で、第一部、第二部とも最後の部分を全く撓めずにあっさり進めてしまう辺り、盛り上げようという意思は全く感じられなかった。なので、途中はそれなりに良かったのに、最後があっさりなので拍子抜けという印象だ。
 最後に疑問点を二つ。まず、金管バンダの扱い。第一部はオルガン左のボックス、第二部は上手側のオルガン前。第一部が終わってバンダが移動し始めたので、ボックスに栄光の聖母が入るのかと思ったら違った。この移動は指揮者の位置からだと何か違うのかも知れないが、客席から聴くと意味が無い。音響的には金管バンダは客席側に配置したい。費用の問題はあるが、インバルがやる二倍にして客席後方の上手下手に分けて、客席全体が音の渦に巻き込まれるのがいいと思う。次に独唱者の位置。第一部は指揮者の上下。第二部はP列一列目。曲の性格からして、独唱者は、第一部はオーケストラと合唱の間、第二部は舞台前面に配置したい。新日本フィルを振ったハーディングはバリトンとバスを、先日の読響を振った井上道義は男声三人を第二部だけ舞台前面に移動させていた。これが成功していたかどうかは別にして、やりたいことはよく判る。しかし、第二部で独唱を奥にして、栄光の聖母を並べてしまうのはどういうことか。オルガン下手のボックスでも、バルコニー席でも、栄光の聖母を配置する場所は幾らもあるだろうに。この、無意味又は逆効果としか思えないバンダと独唱の移動についてどんな効果を狙ったのか聞いてみたいものだ。少なくとも客席で聴いていて、「ハハン、なるほどね」と合点する部分は全くなかった。
 あっさり曲が終わった瞬間、盛大にブラヴォーと絶叫する輩がいたのも興醒めだった。このオッサン、その後も発声練習みたいに騒ぎ続けていた。あれでは、ただ大声を出したい人だ。まあ、アマオケだと時々見かける頑張りすぎて周りを引かせるサクラだったのかも知れないが。

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2018年10月 3日 (水)

井上/読響の千人

東京芸術劇場presents 井上道義&読売日本交響楽団

マーラー/交響曲第八番変ホ長調

独唱/菅英三子、小川里美、森麻季(Sop.)、池田香織、福原寿美枝(Alt.)、
   フセヴォロド・グリフノフ(Ten.)、青戸知(Bar.)、スティーヴン・リチャードソン(Bas.)
合唱/首都圏音楽大学合同コーラス(合唱指揮:福島章泰)
児童合唱/TOKYO FM少年合唱団
管絃楽/読売日本交響楽団
指揮/井上道義

二〇一八年一〇月三日 東京芸術劇場大ホール

 周年事業などではない東京芸劇の自主事業。予算が余っているのだろうか。
 絃は十六型、ハープ四、マンドリン二、ティンパニは二組で、両手打ちは無し。合唱は首都圏の音大(上野、国立、昭和、洗足、桐朋、東京、藝大)の学生と、OBと東響コーラスの男声が賛助出演で約二五〇名、児童合唱は約三〇名。金管バンダと栄光の聖母はオルガンバルコニーに配置。
 合唱はここのレヴェルは高いのだが、やはり寄せ集めのせいか纏まらない感じがした。一方、児童合唱は少年だけと云うこともあり、人数は少ないが理想的な発声で大健闘していた。もっとも私の席は一階前方上手側で、児童合唱(舞台上手のバルコニー席)に近いので聞こえやすかったのだが。
 声楽陣は女声は及第点だが男声に不満が残る。バリトンは好演だったが、見せ場の一番高い音が苦しいと云うよりは出ていなくて残念。外人歌手のテノールは下品な唱い方で興醒め。同じくバスは吠えるところは大声なのだが、それ以外は体格ほど声量はない。何故わざわざ外人歌手をキャスティングしたのか疑問。独唱は一部ではオーケストラと合唱の間だが、第二部は男声だけ指揮者の左右に移動。これはいいと思う。
 井上道義の指揮は、何年か前に名古屋のアマオケ&合唱団の寄せ集めを指揮した時の印象で全く期待していなかったのだが、今回はプロオケと音大中心の合唱と云うことで随分印象が変わった。前回は全く何をやりたいのかが伝わってこなかったが、それは巨大編成の素人たちを纏めるだけで精一杯だったと云うことなのだろう。今回は特にオーケストラだけの部分がそこそこ充実した音楽になっていたと思う。所々で普段聞こえにくい金管が聞こえたりして、面白く感じる部分があったのは収穫だと思う。アマオケ相手の時には神秘の合唱で照明を落とすような小細工をしていたが、今回は第二部全体で照明をやや落とす程度で、わざとらしい感じにはなっていなかった。
 今回特筆すべきは児童合唱の好演。学生の合唱団も纏まりは無かったが、健闘していたと思う。CD化用らしいマイクロフォンが林立していたが、バランスを調整すればCD化は可能だろう。ひっくり返る木管奏者や、携帯を鳴らす客がいなくて本当に良かったと思う。

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2018年9月30日 (日)

びわ湖ホール開館二〇周年記念演奏会(振替公演)

びわ湖ホール開館二〇周年記念演奏会(振替公演)

マーラー/交響曲第八番変ホ長調

独唱/横山恵子、砂川涼子、幸田浩子(Sop.)、谷口睦美、竹本節子(Alt.)、
   清水徹太郎(Ten.)、黒田博(Bar.)、伊藤貴之(Bas.)
合唱/びわ湖ホール声楽アンサンブル、千人の交響曲」合唱団(合唱指揮:田中信昭)
児童合唱/、大津児童合唱団
管絃楽/京都市交響楽団
指揮/沼尻竜典

二〇一八年九月二十九日 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール

 びわ湖ホールの開館二十周年記念演奏会は九月三十日(日)に行われる予定だったが、大型で非常に強い勢力の台風二十四号が直撃する予想となった。二十八日(金)の段階でびわ湖ホールの告知は。「三十日は予定通り十四時開演の方針だが、二十九日(土)十六時からに緊急臨時公演を行う」というもの。チケットを持っている人は両公演とも聴ける。前回の二十一号台風でJR西日本はあっさり全便運休を決め、世論調査でも好評だったので、今回も運休しそうだ。こうなったら二十九日に行くしかない。仕事中にこっそり高速バスを予約して大津へ向かう。昼過ぎにJR西日本より三十日午後の全便運休が発表され、会場に入ると三十日の公演中止が告知されていた。

 前売りは完売だったらしいが、急な日程変更のため入りは半分程度。びわ湖ホールにとって運が良かったのは京響が去年の三月にマラ八を上演していたことだろう。下地があったから練習が一日減っても上演出来たのではないだろうか。勿論全ての出演者、関係者の、想像も付かない大変な努力によって、完全な中止ではなく前日に振り替えるということが出来たのだと思う。私は昔、音楽制作関係にちょっとだけ関わったことがあるので、この規模の演奏会の日程を替えると云うことの大変さが想像出来る。本当に頭の下がる思いだ。

 それはさておき、演奏内容だが、独唱陣の健闘が素晴らしかった。特に第一アルトと男声陣が良かった。アルトの谷口睦美の声量は驚くほどで、他の六人とのバランスは悪いが、往年の佐藤しのぶと並べても引けをとらない声量だ。合唱も御大田中信昭の指導の賜か、児童合唱を含めレヴェルが高かった。混声合唱約二百、児童合唱約五十と人数が少なかったので、ここ一番でもう少し迫力が欲しいと思ったのは贅沢か。

 以下、毎度のメモ。絃は十六型。ハープ二、マンドリン一、ピッコロと小クラリネット各二、ティンパニは二対で両手打ちは無し。チューブラーベルではなく鉄板使用。児童合唱は合唱壇の下手側、金管バンダは三階下手、栄光の聖母は三階上手。
 沼尻の指揮は予想通りそつないものだった。今までのイメージ通り、速めのテンポでスラスラ進めていき、表現欲が全く感じられない交通整理的な棒だ。と云うものの、この公演の指揮者が沼尻だったからこそ、前日に振り替えるというウルトラCが可能だったのだと思う。往年のヤマカズ先生だったら途中で間違いなく崩壊していただろうし、アサヒナ御大だったらそもそも振替公演を是としないだろう。小器用でそつがない指揮者だったからこそ何とか上演に漕ぎ着けたのだ。
 貴重なマラ八の生演奏を聴く機会が一回失われずに済んだ。関係者の努力に改めて感謝したい。そしてJRの運休が三十日の十七時過ぎまで続いて、私の手元にある「ぷらっとこだま乗車票」が無事払い戻しになることを祈るばかりだ。

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2018年9月23日 (日)

九州交響楽団第三七〇回定期演奏会

九州交響楽団第三七〇回定期演奏会

マーラー/交響曲第八番変ホ長調

独唱/並河寿美、大隅智佳子、吉原圭子(Sop.)、加納悦子、池田香織(Alt.)、
   望月哲也(Ten.)、小森輝彦(Bar.)、久保和範(Bas.)
合唱/九響合唱団、九州大学男声合唱団コールアカデミーほか
児童合唱/NHK福岡児童合唱団MIRAI、久留米児童合唱団、筑紫女学園中学校音楽部
合唱指揮/横田諭
管絃楽/九州交響楽団
指揮/小泉和裕

二〇一八年九月二二日 アクロス福岡シンフォニーホール

 やはり格が違う。九響は決して一流のオケとは言えないが、やはりアマオケや音大オケとは違う安心感があり、小泉和裕のどっしりした音楽作りと相まって、安心して聴ける。混声合唱はオール福岡的な寄せ集めだが、それを感じさせない纏まりの良さは特筆に値する。おそらく全体を纏める合唱指揮者が相当入念な練習を重ねたのだろう。N児福岡を中心の児童合唱も高いレヴェルだった。
 小泉は基本的に奇をてらうようなことはしないが、ここ一番で見せる思い切ったためや、極端にではなくぐっとテンポを落としてじっくり聴かせる部分など、いぶし銀の棒だ。第一部の最後、金管バンダが入る部分でテンポを上げて台無しにする浅はかな指揮者が多いが、小泉はテンポを落として始まり、合唱や金管の上行音階をしっかり聴かせつつ徐々にテンポを上げていくという、思わず「その手があったか!」と唸ってしまう処理を、ごくごく自然に行っていた。ここだけ聴いても凡百の指揮者とは次元が違うのだが、それを派手に見せるのではなく、当たり前のようにやってしまうところが凄い。
 以下、気づいた点を列挙する。絃は一六型、ピッコロ二、ホルン九、ハープ二、マンドリン一。金管バンダは上手側三階バルコニー席、栄光の聖母は三階席正面(多分)。独唱はオケと合唱の間。アクロス福岡は張出を使うとかなり舞台が広く、巨大な合唱台を組んでも舞台上に余裕があった。
 ティンパニは四台二組。第一部のzu2は両手打ち、第二部は片手打ち。チューブラーベルではなく鉄板を使用。シンバルの扱いが面白く、第一部の再現部手前(二人または三人同時打ち)は吊りシンバルを使わず合わせシンバル二人、再現部冒頭は合わせシンバル三人。第二部頭の合わせシンバルのピアニシモは、片方の縁でもう片方を擦り上げる奏法を使わず、大きなシンバルをそっと合わせていた。
 声楽陣はバランスが悪かった。特に第一ソプラノとテノールが不安定。テノールは縮緬ヴィブラートで自己陶酔的な唱い方が耳障りだった。第一ソプラノは途中までは良かったのだが、神秘の合唱のハイCをまさかの大絶叫して、まさかの息継ぎ。この曲の場合ソプラノとテノールは音域的に苦しいならオファーがあっても引き受けてはいけない。その一方で第二ソプラノが素晴らしく、第二部の罪を悔いる女のソロは鳥肌が立った。

 小泉和裕という指揮者は抜群の安定感だけではなく、それ以上の何かを持っている人だと感じる。それが派手なパフォーマンスや、太い政治力などならば一枚看板になるのだろうが、ピッチャーで言うと中継ぎのエースという感じだろうか。東京では都響にポストがあるが、なかなか聴く機会がない。レパートリーが渋くて私の好きな曲とかぶらないせいもあるが、もっと聴きたい指揮者だ。来月の名フィルが待ち遠しく感じる。

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2018年9月17日 (月)

東京ユヴェントス・フィルハーモニー創立一〇周年記念演奏会

東京ユヴェントス・フィルハーモニー創立一〇周年記念演奏会

マーラー/交響曲第八番変ホ長調

独唱/森谷真理、中江早紀、中山美紀(Sop.)、谷地畝晶子、中島郁子(Alt.)、
   宮里直樹(Ten.)、今井俊輔(Bar.)、清水那由太(Bas.)
合唱/東京ユヴェントス・フィルハーモニー合唱団(合唱指揮/谷本喜基、吉田宏)
児童合唱/NHK東京児童合唱団
管弦楽/東京ユヴェントス・フィルハーモニー
指揮/坂入健司郎

二〇一八年九月一六日 ミューザ川崎

 プログラム冊子によれば、二十歳に満たない頃にこのオーケストラを結成してから十周年ということなので、指揮者は三〇歳位か。オケも指揮者も若くて勢いがある。アマオケがマラ八をやると、安全運転の演奏を聴かされることが多いが、この指揮者は思いきったテンポの変化など、表現意欲に溢れていて素晴らしい。プロフィールを見ると音大やコンクールとは無縁な異色のプロフィールなので、今後プロオケの役付きになったりするタイプではないのかも知れない。しかし、二十歳でアマオケを組織してしまう、この無鉄砲な若者の指揮は、最近の若手指揮者に希薄な「オレはこういう風に演奏したい」という欲求が感じられて、彼が指揮する他の曲も聴いてみたくなる。
 そして、このマラ八で改めて感じたのは児童合唱の大切さ。やはりNHK東京児童合唱団(N児)は上手く、何より人数が多い(一〇〇人位)。日本の児童合唱もレヴェルが上がって上手い団体が増えたが、単独でこの人数とレヴェルを揃えられるのはN児だけだろう。やや非力な混声合唱(二四〇人位)に比べて抜群の安定感で、児童合唱が出てくると安心するという、普段と逆の現象が起こっていた。
 オーケストラは一八型くらいの絃を対向配置にして、コントラバスを正面奥に配置。ハープ三、マンドリン三、鍵盤楽器、ホルンを下手、打楽器とホルン以外の金管が上手。独唱は舞台の一番奥。金管のバンダは、第一部はオルガンの演奏台に、第二部は客席に配置。栄光の聖母は上手のバルコニー席。ティンパニは一対で、第一部のzu2は両手打ち、第二部は二台打ち。第一部のチューブラーベルを、二回目(変拍子の所)だけ鉄板と重ねていたのが面白かった。
 私の席は一階席だったのだが、舞台一番奥の独唱陣が全然聞こえなくてバランスが悪かった。ミューザ川崎は三階席がベストという噂を聞いたことがあるが、数多くマラ八を聴いてきて、やはりオケと合唱に埋もれがちな独唱者は、舞台前面に配置する方がいいと思う。
 オーケストラの並べ方にも、演奏表現にも、指揮者の「こうやりたい」という思いが表れており、近年のマラ八の中でも印象の強い演奏会であった。それにしても日本のアマチュアオーケストラはレヴェルが高くなった。採算度外視で出来るアマオケこそ果敢にマラ八を取り上げてほしいものだ。

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2018年9月11日 (火)

混声合唱団ホール・バルティカ&相愛フィルハーモニア特別演奏会

混声合唱団ホール・バルティカ&相愛フィルハーモニア特別演奏会

グリーグ/「ホルベアの時代から」組曲
マーラー/交響曲第八番変ホ長調

独唱/平野雅世、泉貴子、内藤里美(Sop.)、山本真千、大賀真理子(Alt.)、
   松本薫平(Ten.)、藤村匡人(Bar.)、松岡剛宏(Bas.)
合唱/混声合唱団ホール・バルティカ
児童合唱/池田ジュニア合唱団(指導:しぶやかよこ)、
     相愛大学附属音楽教室(指導:弓庭登美子)
管弦楽/相愛大学大学院音楽研究科<相愛フィルハーモニア>
指揮/河﨑聡

二〇一八年九月一〇日 フェスティバルホール

 二〇一八年マラ八ラッシュの第一弾は大阪の混声合唱団ホール・バルティカと相愛大学大学院音楽研究科<相愛フィルハーモニア>の特別演奏会。関西のアマチュア合唱団と音大オーケストラなので、申し訳ないが予備知識はゼロ。

 近年はアマチュア合唱団の実力が上がっている。ホール・パルディカという合唱団も、自主公演でマラ八を取り上げるだけのことはあって、声量はあるし、十分に練習している感じで、レヴェルの高い合唱だ。一方、児童合唱は頑張っていたが、混声合唱にかき消されがちだった。もっともこれは席の問題(一階前方)かもしれない。フェスティバルホールは大きさの割によく響くホールだが、まだ二回目なのでどこに座ればいいのかが判らない。
 オーケストラも健闘。時に金管がひっくり返ったりしたものの、よく頑張っていたと思う。七人のソリストも大健闘。特に良かったのは第一ソプラノとテノール。大抵の歌手が叫んでしまう、最後の神秘の合唱のハイCの音を、ノン・ヴィブラートのピアニシモで唱いきった第一ソプラノが素晴らしかった。
 指揮者は大変判りやすい棒で、大編成をしっかり纏めていた。テノールが一小節ズレたり、独唱陣が一瞬ヨレヨレになったりする場面はあったが、それ以外に大きな事故も無く、手堅い棒であった。しかし、この演奏会で不満が残るとすればやはり指揮者であろう。アマチュア相手にマラ八をやる場合、仕方ないのかも知れないが、事故を恐れてひたすら安全運転に徹してしまった感じがする。ルバートやタメが一切無い音楽作りは、手堅いと言えば褒め言葉だが、つまらないとも言えると思う。その一方で、私が一番許せないと思う、第一部最後のテンポを煽りだけはやってくれてた。他でテンポをいじるようなことが一切無いので、合唱が唱いきれないから誤魔化したと、勘ぐりたくもなる。
 その他備忘メモとして、ざっと見渡したところ、合唱は混声合唱が約二百、児童合唱が六十。オーケストラは十四型くらいで、ハープ二、マンドリン二。ティンパニは一人で、第一部第二部ともzu2は両手打ち。但し装飾音符的な打ち方をしていた。席の問題でよく見えなかったが、シンバルのzu2、zu3は一人で叩いていたようだ。絃楽器が対向配置のため、打楽器とホルンは上手側。上手ホルンは八〇年代までよく見られたが、近年では久しぶりに見た気がする。

 アマチュア合唱団と音大オケの演奏会としてはレヴェルの高い演奏会だったと思う。これを纏め上げた指揮者の手腕は賞賛されるべきだが、一方で指揮者の表現欲のようなものが感じられれば更に良かったと思う。

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2018年9月 3日 (月)

マラ八ラッシュ

 このブログの過去記事をご覧いただければ判るが、私は自称「マラ八マニア」である。つまりマーラーの交響曲第八番(通称「千人の交響曲」)が好きで、この曲が演奏されると聞くと、何はともあれ聴きに行くという偏執狂である。
 私の知り得た限りで、この曲は一九四九年の日本初演以来六十三回演奏されている(同じ演奏者による連続公演は一回と数えて)。年代別に見ると一九四〇年代一回、一九七〇年代三回、一九八〇年代十二回、一九九〇年代二十三回、二〇〇〇年代十五回。二〇一〇年代は二〇一八年八月現在十二回である。一九八〇年代以降、概ね年一~二回というペースである。ちなみに私は初めて聞いた一九八五年のコシュラー/都響以来二十四回、二〇〇八年以降は部分演奏を除き全て聴いている。いつの間にか「国内で(全曲)演奏される時は必ず聴きに行く」という自分ルールが出来てしまった。パスポートが無いので臺北での公演は諦めたが、パスポートがあったら行っていたかも知れない。
 そんなマラ八マニアにが困る事態がこの秋起こっている。千人ラッシュと言うべき状況が国内で発生しているのだ。この秋、マーラーの交響曲第八番を取り上げる演奏会を日付順に並べてみる。

・混声合唱団ホール・バルティカ&相愛フィルハーモニア特別演奏会
 九月一〇日フェスティバルホール
 河﨑聡指揮/相愛大学大学院音楽研究科<相愛フィルハーモニア>ほか

・東京ユヴェントス・フィルハーモニー創立10周年記念演奏会
 九月一六日ミューザ川崎
 坂入健司郎指揮/東京ユヴェントス・フィルハーモニーほか

・九州交響楽団第三七〇回定期演奏会
 九月二二日アクロス福岡
 小泉和裕指揮/九州交響楽団ほか

・びわ湖ホール開館二〇周年記念マーラー作曲交響曲第八番変ホ長調「千人の交響曲」
 九月三〇日びわ湖ホール
 沼尻竜典指揮/京都市交響楽団ほか

・東京芸術劇場 井上道義&読売日本交響楽団 マーラー/交響曲第八番『千人の交響曲』
 一〇月三日東京芸術劇場
 井上道義指揮/読売日本交響楽団ほか

・関西グスタフ・マーラー交響楽団第八回演奏会
 一〇月八日京都コンサートホール
 田中宗利指揮/関西グスタフ・マーラー交響楽団ほか

・名古屋フィルハーモニー交響楽団第四六一回定期演奏会
 一〇月一二、一三日名古屋市民会館
 小泉和裕指揮/名古屋フィルハーモニー交響楽団、中部フィルハーモニー交響楽団ほか

 何と約一ヶ月の間にマラ八が七回も演奏されるのである。勿論、自分ルールに縛られているので、全ての公演のチケットを入手し、遠方の公演については往復の交通手段もほぼ確保した。準備は万全である。ちなみに時期は少し先になるが、来年一月のバッティストーニ/東京フィル(新宿文化センター)もチケットは押さえている。
 七つの公演の内、アマチュアは川崎と京都。大阪はプロではないが音大のオーケストラ。これらは全く未知数で、どんなレヴェルなのか楽しみだ。びわ湖は沼尻京響だが、新星日響を振っていた頃は優等生的で面白くなかった沼尻が、久々に聴くと化けるのか否か。井上のマラ八は名古屋のアマオケで聴いて失望したが、普段振らない読響の依頼公演、期待するべきではないだろう。やはり楽しみなのは九響と名フィルを振る小泉和裕。この指揮者はスターではないが、ガッカリさせられたことがない。派手さや外連は無いが、キッチリ納得出来る演奏をしてくれる指揮者だ。マラ八を振るのは初めてだと思うが、どんな感じに纏めてくれるのか。両オケとも定期公演なので、そんなに悪乗りはしないであろうが、小泉さんにそんなことは求めていない。
 聴いた感想はここにアップするつもりだが、極端にひどい演奏だった場合は聴かなかったことにしようと思う。プロのオーケストラだとそんなことは無いのだが、アマチュアオケや合唱団の演奏を批判すると(批判するのはアマオケを振ってギャラを受け取っている指揮者で、私はアマチュア演奏者を批判しません。)、関係者から非難のコメントが殺到するからである。
 マラ八はある意味、上演していただけるだけで有り難い曲である。それをこんな短期間に立て続けに聴ける機会は二度と無いだろうと思う。幸運に感謝しながらそれぞれの演奏会を聴きに行こうと思っている。

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2018年6月23日 (土)

ベルリン交響楽団日本公演

ベルリン交響楽団日本公演

ドヴォルザーク/「謝肉祭」序曲
ベートーヴェン/交響曲第七番イ長調
シューマン/チェロ協奏曲イ短調
ベートーヴェン/交響曲第五番ハ短調

チェロ/辻本玲
管弦楽/ベルリン交響楽団(Berliner Symphoniker)
指揮/リオール・シャンバダール

二〇一八年六月二十二日 サントリーホール

 ベルリン交響楽団の来日公演を聴く。旧東ドイツの名門オケではなく、二~三年に一度日本に稼ぎに来る一九六六年創立のオーケストラ。十数年前に経営破綻したというニュースを目にしたが、存続しているようだ。有料プログラムのツアー日程によると、六月十六日藤沢、十七日会津若松、十九日札幌、二十日旭川、二十二日東京、二十三日須賀川、二十四日能代、二十六日名古屋、二十七日長野、二十八日福岡、三十日山口、七月一日東広島、四日宇都宮、五日東京、七日岡山、八日大阪というスケジュール。典型的なドサ回りオケである。意地悪な見方をすれば、ベルリン・フィルと区別も付かずに有り難がるような客層を狙っている感じもする。

 編成は十二型、だのにヴァイオリンは四人くらいで弾いている感じ。絃が全く鳴らない、管も全く音量がなく、ティンパニだけが無神経にドカドカ鳴っている感じ。更に縦の線を揃える気もないようで、早いパッセージになると何をやっているのか判らなくなる。サントリーホールでしばしば遭遇する、慣れないオケが音を出しすぎて飽和してしまう感じではない。ティンパニに音量の無いオケ全体が潰される感じだ。ベト七の第四楽章は鳴りにくい曲ではあるが、最後の方などほぼ絃が聞こえない感じだ。更に管楽器もレヴェルがバラバラで、キッチリ歌わせる奏者と棒吹きの奏者との差が激しい。指揮者には何の意欲も感じられず、淡々と曲を進めていく。ベト七を生で聴いて、こんなに退屈したのは初めてだ。
 協奏曲を挟んでメインはベト五。最初はスルスル進める音楽作りで前半と変わらなかったが、七番よりは手慣れた良さを感じられた。そして終楽章になってやっと少しはオケが鳴り始める。相変わらずバランスは悪くティンパニがうるさいが、前半よりはずっとマシ。つまり前半はくたびれるから抑えて弾いていたということなのだろう。

 ツアー日程を見れば、そんなに本気でやっていられないのは解る。だが、一流のオーケストラと二流のオーケストラの違いを一言で言えば、やっつけ仕事でも客を満足させられるかという点に尽きると思う。指揮者もオーケストラも仕事モードで演奏しているのに客席は大満足するというのが理想のプロの仕事である。このベルリン交響楽団というオーケストラは、手を抜くとあからさまにつまらない演奏になる、はっきり言って二流未満の団体だ。
 やる気の無い指揮者とやる気の無いオーケストラがベルリンの看板を掲げて地方都市を回り小遣い稼ぎをする。違いのわからない客はそれでも有り難がるのかも知れないが、札幌、名古屋、福岡、岡山、大阪にはずっとマシな地元のプロオーケストラがあるはずだ。その他の都市でも、こんないかがわしいオーケストラより、地元のアマチュアオケを聴く方が、真剣にやっている分感動できると思う。

 前評判通り全く期待していなかった外来オケを聴いて大変ガッカリして帰ってきたわけだが、私の知り合いからは、そもそも外タレ嫌いのオマエが何故そんなオケを聴きに行ったのかという疑問を投げかけられるかも知れない。そう、このオケを聴きに行ったのには理由がある。しかし、クソミソに叩いてしまったの理由を書けなくなってしまった。なので、判る人にだけ判るようにヒントを書いておく。

 写真のエース、申し訳ない。

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2017年8月29日 (火)

ミカド二題

サリヴァン/喜歌劇「ミカド(またはティティプの街)」

(一)
ちちぶオペラ 秩父宮記念市民会館開館記念公演
主催/秩父市、ちちぶオペラ実行委員会

出演/鹿野由之(ミカド)、水野洋助(ココ)、羽山晃生(ナンキプー)、薗田真木子(ヤムヤム)、諸静子(カティシャ)、佐藤健太(プーバー)、富田駿愛(ピシュタシュ)、齋藤雅代(ピティシン)、山口由里子(ピープボー)他
合唱/ちちぶオペラ合唱団
管絃楽/ちちぶオペラ楽団
ステージング・振付/野口菜美
指揮・演出/細岡雅哉

二〇一七年八月二〇日(日)秩父宮記念市民会館大ホール

(二)
新国立劇場地域招聘オペラ公演びわ湖ホールオペラ「ミカド」
主催/滋賀県、滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール、新国立劇場

出演/松森治(ミカド)、二塚直紀(ナンキプー)、迎肇聡(ココ)、竹内直紀(プーバー)、五島真澄(ピシュタッシュ)、飯嶋幸子(ヤムヤム)、山際きみ佳(ピティシン)、藤村江李奈(ピープボー)、吉川秋穂(カティシャ)他
合唱/びわ湖ホール声楽アンサンブル
管絃楽/日本センチュリー交響楽団
指揮/薗田隆一郎
演出、訳詞/中村敬一

二〇一七年八月二七日(日)新国立劇場中劇場


 サリヴァンのミカドというオペラを知ったのは二〇〇三年。ちちぶオペラが初の東京公演を行う際に、たまたま東京側の関係者としてごく緩く関わったのが始まり。この時は「そんなオペラがあるのか」くらいで、公演を観るわけでもなくそのまま忘れていた。
 二~三年前に著作権切れの音源をダウンロードして面白半分で聴いてみたら結構面白かったので、以来CDを買ってたまに聴いたりしていた。
 猪瀬直樹が副知事時代に部下に読むことを強制したといわれる自信作、「ミカドの肖像」も読んでみたが、分厚い本のわりに中身は「ミカドをキーワードに、次々と色々なことに興味を持って解明しているオレってすごいでしょ!」という、典型的な「オレちゃんドキュメンタリー」で、読めば読むほど作者のお人柄がしのばれ、個々のテーマは面白いのに、読み続けるのが苦痛になって途中で投げ出してしまった。
 軽い内容で楽しいオペレッタだが、日本のミカドが愚かな権力者として笑われる内容なので、洒落の通じない目の据わった日本人が騒ぐと厄介なので、日本ではなかなか上演されないのも理解出来る。生で聴く機会なんて滅多に無いだろうなあと思っていたら、この夏立て続けに二つの芝居があったので、迷わず両方聴きに行ってみた。もっとも私は今までオペラに興味が無く、二回しか観たことがないので、二つの公演を立て続けに観たオペラ初心者の感想ということになる。

 ちちぶオペラは、永六輔のラジオでの発言がきっかけで、秩父で「ミカド」を上演することで始まった地域オペラ。「ミカド」の上演は二〇〇一、二〇〇三、二〇〇六、二〇一一年に続き五回目とのこと。二〇一一年の震災で破損した市民会館の再建柿落し公演。チケットを大手が取り扱っていないので秩父まで前売り券を買いに行ったが、一般売りは二階席のみ。一階席は関係者のみの雰囲気。市民会館の開館記念公演だから仕方あるまい。入口を入ろうとすると畏友K女史がチケットもぎりをしている。お互いびっくりするが忙しそうなので一言挨拶して通過。後で聞いたところ、ボランティアスタッフの研修講師をしていて、今日は先頭に立ってフロアスタッフをしているとのこと。相変わらず精力的に活動しているようで頼もしい。
 新生秩父宮記念市民会館は収容千人程度の多目的ホール。前方の座席を外してオーケストラピットにしているが、床面が沈まないので、演奏エリアと言うのが適切か。シンセサイザー二台を中心とする十一名編成。序曲の前に紗幕を下げた奥で祭り囃子の演奏がある。オペラ本編が始まっても徹底的に「秩父の」ミカドである。物語も歌詞も台詞も秩父を前面に出している。地域オペラというものはこれでいいと思う。客席が暖まるのも早く、各アリアにも盛大な歓声が上がる。五回目の上演というのも強みで、今までの上演で受けた部分を残し、受けなかった部分を切り捨てて練り上げられた印象。第一幕終わり近くで、男三人のトリオ(第一〇曲)の最後の部分(六十六小節以降)を三回(四回だったか?)もアンコールする所などは、今までの公演で大受けした自信がなければ出来ない演出だと思う。また、第二幕でミカドが懲らしめる奴を列挙するところで、「自分は音を出さないで棒だけ振り回している奴は、全部の音を止めてやるぞ」と言って、全員が沈黙して指揮者を嘲笑するクスグリも気が利いていた。

 一方びわ湖ホールは、新国立劇場が毎年一回招聘する地方制作のオペラで、八月の五、六日にびわ湖ホールで上演したものの再演。こちらはしっかりしたオーケストラピットに、三十四人編成の日本センチュリー交響楽団が入っている。一方で舞台装置は大変にシンプルで、絵を描いた枠がある以外は、正面にスクリーンが有り、そこに日本の観光地などの映像がシーンごとに映し出される。大工仕事が入ったであろう秩父に比べると随分安上がりに見える。もっとも、秩父も序曲の演奏中にキャストの紹介を映像で流していた。普段オペラや芝居を観ないので判らないが、今時はプロジェクターを使う演出は当たり前なのかも知れない。演出は堅実と言っていいと思う。びわ湖色は一切無く甚だ曖昧なジャパンを舞台に物語は進む。衣装がかなり奇抜で面白いのだが、主役のヤムヤムだけ何故か破れたジーンズにハネ上げのサングラスという姿に違和感があったが、だんだん慣れてきてしまった。だのに、最後の最後、大団円のシーンだけ何故か全員衣装が替わり突然大阪の繁華街になってしまった。ここはちょっとぶっ飛びすぎていて理解不能な気がした。

 両公演とも所謂地方オペラで、地元民及び関係者で作り上げた公演だ。藤沢などの市民オペラと違い、基本アマチュアは参加しないプロの仕事である。同じ演目を別の芝居で立て続けに観られたのはとても幸運で、色々見比べることが出来た。舞台セットと乗りは秩父優勢、オーケストラと衣装はびわ湖優勢で、キャストはどちらも適材適所ですばらしかった。そして共通で言えるのは、どちらもとても楽しい公演だったということだろう。
 私が今までオペラを殆ど観ていないのには色々理由があるし、今後オペラ通いをするようにもならないと思う。しかし、「ミカド」のような喜歌劇を、日本語上演で、四桁の入場料で観られるのであれば足を運びたいと思う。

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